Matrix-2
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 忌々しげに舌打ちをし、呪詛を吐く。

 「この畜生が……!性懲りもなく……!」

 まさに神速、矢が烈空した。

 鏃は雪の白を透かしてたゆたう半透明のゲルの中心――即ち深紅の単眼の瞳孔を、あやまたず貫く。

 ――筈だった。

 血走った眼を貫いたのは、矢ではなかった。

 究極体二体の極限まで錬磨されたセンサーは、真にとどめを刺したものの正体を、瞬きよりも短い時の内に捉えた。

 それは赤く炸裂したエネルギー弾だった。
 
 騎士達は極自然に、既に冷え切った大気に掻き消されたその軌跡を追った。
 10メートルばかり先。
 赤い屋根の三階建て住宅の前に立つ、一本の電柱の下。
 自分達が立っている場所からはちょうど影になっている、その位置。
 狙撃手はそこに潜んでいる――或いはいた――らしい。
 姿が見えないのだ。

 周囲の風景と同化しているのか、既にその場を去ったのか。
 研ぎ澄ませた感覚器を以てしても、それは判然としなかった。
 今は感知範囲外にいるのか。

 視線を戻すと、半透明の体は二進数の屑に変じ、冷気の如く流れ出して跡形もなく消滅していた。
 半瞬遅れて、薄く雪の積もった地面に矢が突き刺さり、跡を追うように風塵さながらに霧消した。

 「今のはもしや、件のテイマー――龍輝殿か?」

 「いいえ、違うようです」

 問い掛けに、やや呆然とした面持ちで、ヴァルキリモンがクロスボウを背負い直しながら頭を振った。

 ドルモンの電脳核の波動は、龍輝の自宅を訪問した際に既に感知して知り得たところだ。

 先程短時間だけ感知出来たのは、あのような、一般的成長期にありがちな、気配がだだ漏れの波動ではない。

 脈動の性質からいって、狙撃手も成長期ではあろうと推測できる。
 成熟期ほど強力ではない。だが、幼年期にしては堅固過ぎるのだ。
 
 そして何より、その脈動は非常に抑制されている。気配を殺し、張り巡らされたセンサーを擦り抜け、敵を意識外にて闇に葬送する。ただそのために研ぎ澄まされたような印象すら受ける。
 ヴァルキリモンは一つの恐ろしい仮説を立てるに至った。

 ――暗殺者だろうか。

 「これは――ドルモンではありません」

 提示された回答に、デュークモンは眉根を寄せた。

 「……我々の他に何者かがいるということか」

 「そうなります」

 生残するロイヤルナイツの中に背信者がいるという強い疑惑。
 何者かがデジタルとリアルの境界を破らんとしている非常事態。
 そして――自分達の与り知らぬ何者かが、このリアルワールドに身を潜めているという事実。
 
 情報処理機構を覆い尽くす暗雲を追い散らすことなど、究極体の力を以てしても到底出来そうになかった。
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