□Matrix-2
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「失礼する。通達を受けて来たぞ」
硝子が砕ける様にも似てドゥフトモンの思考が破られ、背筋を悪寒にも似たインパルスの激流が這い上がっていく。
(何者――!!!)
インパルスが回路を疾駆し終えるより前に、最大級の警戒態勢へと突入する。あらゆる感覚器が極限まで精度を高めて稼働し出す。
――全く気配がなかった。いや、今もない。
声を聞くまで、何者かが居ることにすら気付かなかった。
奇妙だ。幾ら訓練しようとも、電脳核の波動を完全に停止させることなど、心臓を止めることと同様に不可能であるのに。
対象に接近しなければ波動を感知出来ぬとはいえ、全く感知出来ぬなど有り得ない。
究極体である、もしくはそれに準じた力を有する者が然るべき修練を積んだならば、草木が伸びる音を聞き分けるが如く、絶えず震える大気の中から生命の鼓動を拾う力を習得するのだから。
何より、全く聞き覚えがない声だった。
超速で電脳核の深部に圧縮して格納されている、膨大なメモリーデータを照会しても、該当結果は一つもなかった。
このような、険があり、高慢であり、それでいて鷹揚な声など知らない――
本能に追い立てられるまま、腰に佩いた白銀の円錐剣を抜剣する。涼やかな金属音が奔り、刀身が空間を満たす淡い白色光に濡れて冷たく艶めく。
抜剣の勢いのままに背後を振り返り、切っ先から収束したエネルギーの光線を声のした方向に放った。
急だったゆえ、力を完全には練り切れておらず、大した威力は期待できない。
だが、敵ならば牽制として上出来。ダメージを与えられれば儲けもの。
味方なら――これしきの攻撃は難なく躱すはずだ。
果たして、闖入者は後者だった。
ゆらりと左側に体を傾けると、射線から身を外すことで事なきを得る。ドゥフトモンが矛先を向けてくる数瞬前には、既に動作に移っていたのだった。
ほぼ同時に光線は彼の首と右肩の間の僅かな空間を擦り抜け、クロンデジゾイド製の内壁に衝突した。瞬く間に幾筋かに分かれて壁を四方八方に奔り、彗星の尾のように消え去る。
緊密な二秒ののち、ドゥフトモンは深紅の双眸に来訪者の姿をしかと収めることが出来た。
5メートルばかり離れた階下に立っていたそれは――竜人。
堂々たる体躯に、純白を基調とし、そこかしこに竜爪を模った黄金の突起をあしらった鎧を纏っている。大きく広げられた双翼は濃紺に染め抜かれた外套のようだ。
両腕をがっちりと組んで階下からドゥフトモンを軽く仰ぐその様は自信に満ち溢れているようでもあり、彼の反応を心底面白がっているような節さえあった。
ドゥフトモンは、自分のメモリーデータにその姿がしかと存在しているのを確認した。
だが、その為人までも良く知っているわけではない。
ふうと軽く溜息を吐いて警戒を解くと同時に、別の意味での警戒を強める。
寧ろ疑問に近いが。
「――デュナスモンか」
「これは挨拶か?」
竜人――デュナスモンは腕を組んだまま、傾けていた体をいつの間にか直立に戻していた。
その様子を半ば憮然とした面持ちで眺めながら、ドゥフトモンは剣を静かに収めた。
珍しい客人にも程がある。
ロイヤルナイツが、イグドラシルという創世樹にして唯一神を主とし、その枝葉に従っていたときから、この竜人は呼ばれなければヴァルハラ宮を訪うことは一度たりともなかった。
ヴァルハラ宮より西方に浮かぶ、風薫る桃源郷に聳え立つ、古色蒼然とした孤城「パレス・キャメロット」の主にして、孤高の風来坊。
それが自ら赴いてくることなど。
何をしに来た。
何が目的なのか。
同じロイヤルナイツでありながら、疑わずにはいられない。
あたかも一本だけ鏃が逆向きの矢の如し。