□Matrix-2
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「・・・・・・誰そが来たのか、全く分からなかった」
「そうか」
「転送陣を使わなかったのか」
「・・・・・・使用したが?」
おかしな事を言う、と言いたげな口調で返される。
しかしドゥフトモンにしてみれば、この事態の方が余程おかしなものだった。
第一の間から第五の間、そして中央の第三の間から長い回廊を通って辿り着ける十三の騎士の尖塔、生体データの損傷修復用空間、イグドラシルのコアへと至る長き回廊――オメガモンが神意を問いに単身赴き遂に帰らなかったその時から、禁足地と化している――を有する広大なヴァルハラ宮は、それらしい内装として長い螺旋階段は用意されているものの、ロイヤルナイツがわざわざそれを上り下りすることは皆無に等しい。
というのも、セキュリティコードを入力すれば使用可能な転送陣が方々に用意されているので、それに乗れば極めて簡便な移動が保証されるのだ。
しかし、使用されたならば必ずその記録が残り、ドゥフトモンが今し方向き合っていたディスプレイの右側部に最新の履歴として表示される。
――はずなのだが、履歴はアルフォースブイドラモンが第三の間から己の尖塔へと移動したところで止まっており、そこから更新されていない。
回路を疾駆するインパルスが、疑惑の指向性を持ってドゥフトモンの思考を支配し出す。
――よもや、履歴が残らぬようにプログラムが改造されたのか。
ロックをその都度解除せずとも、誰にでも転送陣を使用できるような細工をされたのか。
更に踏み込めば。
ドルモンをリアルワールドに送る計画の決行日や、デュークモンの位置を横流ししていたのは此奴ではないのか――
須臾のうちに、インパルスが幾十幾百もの回路を疾走し、膨大な思考過程と結果をドゥフトモンにもたらす。
だが、考えても詮無きことばかりだった。証拠は一つもないのだから。
それにしても、気配が感じられないことといい、この不可解な現象といい――不気味な奴だ。
ドゥフトモンは、自分の電脳核が粘稠な溶液の中で何度も転がされるような錯覚に陥っていた。
「手短に聞くが」
そんな相手の心中など知る由もなく、或いは知っていてもお構いなしに、デュナスモンは両腕をほどくと、階段を昇りながら訥々と話し出した。
一段上る度に、踵に龍の蹄をあしらった長靴と段がぶつかり、玉が触れあうかのような涼やかな音が響く。
その清音を耳にしながら、何故気配が――電脳核の波動が感知できないのか、ドゥフトモンは首を捻らざるを得なかった。
確かに、これは生きている。
断じて、ダークエリアの淵から這い上がってきた幽鬼などではない。
自分のセンサーが狂わされているのだろうか。
それとも――。
「デュークモンの件で、具申がある」
「聞こう」
「デュークモンは、ダークエリアに送られたということにしておけ。データベースから抹消しておくと尚良い」
デュナスモンが階段を昇りきり、ドゥフトモンの横に立った。
間近で改めて見るその体躯は、圧倒的であった。2m近くあるドゥフトモンよりも、更に一回りも二回りも大きい。同じく二足歩行の竜であるアルフォースブイドラモンに比肩する巨躯だが、纏う雰囲気は彼よりも遥かに峻烈であり――異様だ。
電脳核の波動は相変わらず感知できない。しかし、そういった生体活動領域を司る二進数の累卵を奔るインパルス――という単なる現象を超越した、もっと高次の真実か、或いは真理か――喩え感覚を絶たれても分かるような何かに自分は直面しているという認識だけは、ドゥフトモンの中に然りと存在していた。
だが、気を張らねばならない。
よりによって同胞に臆するなど、騎士の――司令官の恥。
ドゥフトモンは胡乱な目を拵え、竜人に向き直る。
「目的は?」
「情報攪乱だ」