Matrix-2
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 ベルフェモン討伐の勅令が下された際にも、決して討伐隊員に名乗りを上げなかったこの竜人の実力は如何ばかりか、実際に目の当たりに出来る千載一遇の機会だ。
 それは全く個人的な好奇心に因るものではなかった。あくまでも、聖騎士団の司令塔に任ぜられている者として、個々の力量を正しく把握しておく義務があるという考えに基づくまでだ。

 それならば事前情報を与えずに送り出すのが正しい実力把握の前提ではあるが、流石に時流がそれを許されないだろうとドゥフトモンは重々承知していた。
 マグナモンが相対して負傷した単眼の魔王は、電脳核の破損とデータの大部分が流出する事で起動する厄介なプログラムの器であった。予想など微塵もしていなかったそれによって、デュークモンが異次元に放逐されるという事態が招かれてしまった。
 実際にそのようなケースが存在するのだから、此処は、分析出来る限りの情報を与えておいて然るべきだ。
侵入劇がデュナスモンの茶番であり、既に相手の手の内は知り尽くしているというのならば無用だが、万が一の場合に備えて保険は掛ける。謀反者だと決定したわけではないのだから。
 
 ――万が一は、万が一にもないだろうと、ドゥフトモンは半ば決めつけてはいるが。
 
 彼は再びディスプレイに翠緑の瞳を向け、自動的に敵のデータをある程度解析してくれるシステムの出した答えを、機械的に読み上げる。

 「敵は3体……究極体・データ種と、完全体・ウィルス種が2体。データ解析段階にて異常検知のため、データベース照会は不可能。全個体、旧来のデータベースに未登録の――」

 「そのくらいでいい。後で教えろ」

 だが助言は無下に、打擲するような語調で遮られた。思わず怯み、言葉を切る。
 いつの間にか、デュナスモンの巨躯は転送陣の上に載っていた。虚空に浮かぶパネルを鋭い爪先で弾き、今まさにセキュリティコードを解除しようとしている。

 遥か階下の竜人を見下ろしながら、ドゥフトモンは心底狼狽えていた。先程の問答で、この竜人が不用心ではない、そればかりか思慮深い部類に属する事は既に知り得た通りだ。当然マグナモンの報告を受けてやって来た訳であるから、敵について懸念もしているはずだ。それにも拘わらず助言を聞かないとは――
 ――余程堅固な自信があるらしい。先程、自分をデリートすると宣言してみせた、傲岸不遜さと同意の自信が。

 ならばと、彼は手にしたクリップ型の端末を階下に放り投げた。色彩の定まっていないそれは、蛋白石に似た煌めきをちらつかせながら軽やかに落下した。

 「・・・・・・これを持っていくが良い。解析出来次第、通達する」

 「ああ」

 片手でコード入力の作業を続けながらも、あやまたず自分の方に投げられた端末をデュナスモンはもう片方の手で掴むと、襟の高いゴルゲットに挟むようにして引っ掛けた。途端通信端末はゴルゲットの色に同化し、見えなくなった。
 竜人の姿もまた、既にない。
 ドゥフトモンは無言で、ディスプレイの表示をモニタリングに切り替えた。
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