Matrix-2
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 「これに加えて、過去についても思いなしてもらいたい……つまり、ベルフェモンが最後に覚醒した時の事とを。あの時、実に我らの半数――6体が死地に赴いた、俺も含めてな。あの時、デュークモン……奴は最後まで参戦を渋った」
 「お前は詰まるところ何が言いたいのだ……アルフォース! デュークモンが自分の保身しか考えていない……とんだ野郎だとでも言いたいのか!?」

 次の瞬間、マグナモンの全身を悪寒が奔った。今、自分は何という事を口走ってしまったのだと。実際にそのような事は露も考えていないとしても、恐ろしい事だ。
 そしてもっと恐ろしい事に――アルフォースブイドラモンは口角の端を僅かに上げた。

 「全くその通りだ、マグナモン。加えて奴は素性が知れない。どうやら以前の記憶が無いそうだな。その上……ウィルス種である」
 「ふざけるな!」

 雷喝。
 流石の立派な風采を誇る青碧の竜戦士も、これには肩をびくりと震わせないわけにはいかなかった。反射的に頭上のマグナモンを見やると――両拳を握りしめ、全身を震わせながら次の怒号に向けて準備をしているようだった。今に限ってはその真紅の双眸は――デジモンに血液など流れていないが――まさしく血走っている。

 「その程度の差別的な、浅はかな理由で……デュークモンによりによって謀反の大罪を押しつけようとは! 見下げ果てたぞ、アルフォース!」

 マグナモンはわめいた。ウィルス種だから、データ種だからという理由で何者も差別してはならない。当たり前の中の当たり前だ。ロードナイトモンとデュークモンが良い模範であるし、寧ろワクチン種が自惚れず彼らに倣わねばならない程だ。
 また、「聖騎士」は何を以て「聖」と成すかと言うと――マグナモンはこう解している。聖なるものとは即ち神聖不可侵なものであり、物質世界よりも高次元に存在を占める。それと交信をして意を受け、或いはその聖なる存在の為に――つまりは高次元な目的の為に尽力する者こそが聖騎士である。よって、聖騎士自身の「物質的な」性質は何ら問題にはされない。無論、その細やかな素性についても、だ。
 そんなマグナモンの心中はいざ知らず、アルフォースブイドラモンは怒りの矛先を容易く回避すると同時に反撃した。

 「マグナモン、お前には二つ気を付けなければならない事がある。一つは、『激情は骨を腐らせる』という事だ。二つ目は――『他者を信用し過ぎるな』という事だ。お前は、そうだな――性格的に単純すぎる」
 「くっ!」

 完全に話を逸らされたが、全く以て正しい指摘である事がマグナモンには悔しすぎた。言いたい事は山程あるが、|電脳核《デジコア》の情報処理機構は坩堝を掻き回したように混沌としている。こんな時ほど、自分が感情的で冷徹さに欠けるのが悲しい。
 一方のアルフォースブイドラモンは、既に踵を返して白い空間から出る寸前だった。

 「暇は潰せただろう? それでは、またな」
 「……っ」
 
 相変わらず穏やかな口調でそう告げ、アルフォースブイドラモンはその姿を揺らめく蜃気楼の如く掻き消した。
 マグナモンは黄金のアーマーの下で、ぎりりと歯を噛み締める。

 「何が『一笑に付されても仕方が無い』だ。ふざけた事をさんざん言い散らしやがって……!」

 姿が完全に視界から失せてしまったのを確認し、マグナモンは憎々しげに吐き捨てた。ぎりぎりと拳を握りしめる。この仕草は苛立ったときの癖であるのだが――今回は特に甚だしい。
 確かに「暇は潰せた」が、それ以上に胸糞悪い事この上なかった。奴は――アルフォースブイドラモンは、仲間を疑い、未来を諦めろとでも忠告しに来たのだろうか。
 既に0と1の血小板によって塞がれた脇腹の傷が、灼けるように熱い気がした。
 
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