Novel〜biyori〜

□太子命日小説
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今日の放課後は一緒に帰ろうと、約束していたにも関わらず、太子は不運にも所属している委員会に呼び出されてしまった。

長引くかもしれないから先に帰っていてもいいという太子の言葉に、しかし妹子は「長引くって言っても、せいぜい1時間くらいなんですから、待ちますよ」と言った。


という会話をしたのが、つい1時間ほど前のことだ。無駄にゆったりと話の進む委員会に、太子は半ば苛立ちを覚えながらも、妹子の時間の読み通りに委員会が終わってくれて良かったと思った。妹子は教室で待っているはずであるから、太子は委員会が終わったや否や、廊下を駆け出す。通常の学校生活ならば廊下は走るなと言われるだろうが、幸いにも人間はほとんどいない。というより、こんな遅くまで学校に残っている方がおかしい。

太子が足を踏みしめる度に、床が乾いた軽い音を鳴らされた。そのまま一気に階段を駆け上がり、妹子の待つ教室へ疾風のごとく飛び込む。乱暴に扉を横に引き、そのため扉は、ダン、と盛大な音を立てた。

いつもの調子で「妹子っ!!」と声をかけようとして息を吸う。しかし、太子はその喉元まで出かかった声を、寸のところで止めた。というのも、妹子が机に突っ伏して眠っていたからである。太子には予想外の出来事だ。

あんなに大きな音を立てて扉を開けたというのに、妹子は少しも目を覚ます気配が無かった。ベージュのカーディガンの袖を伸ばし、腕枕をして爆睡。流石に乱暴に起こすのは太子の良心に反するから、そっと、まるで小動物の毛皮にするかのように妹子の髪を撫でる。

妹子の目が、ほんの少しだけ開く。

あぁ、起こしてしまったなと、残念な気持ちを否めないが、太子は柔らかい口調で声を発する。

「…妹子、眠いのか?」

妹子はしばらく、ぼんやりとした虚ろな瞳で、しかし太子を凝視。やがて、あぁ、と言って息を吐いた。

「…たい、し…」

「ん?どうしたんだ?」

小首を傾げる太子。妹子はうっとりしたように目を細め、再び瞼を降ろす。腕枕の中からくぐもった声がする。太子は耳を澄ませた。

「…なんだ、まだ夢の中か…目の前に、太子がいるなんて…」

寝ぼけたような動きで、探るようにして太子の手を掴む。

「会いたいですよ、太子。僕を置いて先に逝ってしまうなんて、酷いじゃないですか」

「…は?妹子?」

太子は拍子抜けした声をあげた。

つい1時間ほど前に分かれたばかりで、これから一緒に下校するという約束までしていたというのに、そんなに妹子は自分を恋しがっていったというのか。一瞬、そう思ったのだけれど、しかし太子はその可能性が皆無であるということを思わずにはいられなかった。

妹子はおそらく太子が自分の目の前から消えてしまう夢でも見たのだろう。でなければ、生意気で毒舌な彼が寝ぼけているとはいえ、こんな言葉を言う理由が見当たらない。それはそれで嬉しいな、と太子は思った。妹子の夢の中に自分が出てくるほど、彼は太子のことを意識しているのだなと思うと、頬が緩む。

嬉しくなって、太子はもう一度妹子の髪を撫でた。妹子は、まだ半分夢心地で薄く笑い、今度は腕を太子の首に回し、強く抱きしめる。太子の思考が停止する。まるで自分のもとへ太子を繋ぎ止めておこうとするように、その腕には不思議な力があった。

愛おしそうに、しかし悲しそうに、妹子は太子の肩へ顔を埋めて深く息を吐く。そのまま太子の耳に直接声を注ぎ込むかのように、囁いた。

「来世でまたお会いしましょう」

「…は?来世?」

太子は、自分の肩で再び夢の世界へと戻ろうとする妹子を、頬を突くことによって現実へ引き留める。

「妹子〜、委員会終わったんだぞ〜?」

「…ぅ……、ん…?」

今度はゆっくりと、妹子は顔を上げた。開ききっていない瞼を懸命に押し上げる。

「なんだ、太子か…」

「なんだとはなんだ!お前が寝てたから起こしてやったっていうのに!」

「寝るほど待たせたのは太子ですけどね」

「ま、まぁそうなんだけど…」

先ほどまでとは違い、妹子は完全に目覚めたらしい。寝起きであるというのにその口調は普段のそれとほとんど変わらない。

「もうすっかり遅くなっちゃいましたね。早く帰りましょう、太子」

うーん、と伸びをして立ち上がる妹子。先ほどまでは焦点の合っていない瞳で太子を見つめたり、抱きしめたりしていたというのに、それらを微塵も感じさせない普段通りの妹子の振る舞いに、太子の調子が狂いそうになる。

何事もなかったかのように錯覚するほどに、何も変わらない妹子の所業。あまりにもいつも通りなものだから、ついに太子の方が痺れを切らし、彼には珍しく遠慮がちな様子で問う。

「…なぁ、妹子」

妹子は「何ですか?」と振り返った。次に太子が何かを問うために発する言葉を待つ。

「あのさぁ…来世でまた会おうって、何のことだ?」

「…はぁ?来世ぇ?高校生にもなって、随分とメルヘンチックなこと言うんですね」

太子の質問が、妹子の想像していたことからも、はたまた現実からも、非常にかけ離れていたからか、妹子は驚きと戸惑いと少しの軽蔑を交えた顔をした。

突拍子もない太子の言葉。しかし、妹子の言葉に戸惑いを隠せないのは太子の方だ。つい先ほど妹子自身が言ったというのに、目覚めた彼はそれを全く覚えていない。また、そのような思考回路さえ持ち合わせていない。

(だったら、さっきの妹子の言葉は…)

誰が誰に向けて言ったのか。

「ほら、太子。さっさと帰りましょう。暗くなっちゃいますよ」

「…そうだな」

妹子に急かされて、太子も鞄を持つ。

2月も下旬になり、日が落ちるのも大分遅くなってきたけれど、まだまだ気温は真冬並みだ。しっかりとマフラーを首に巻きつける。

ーーー来世でまたお会いしましょう。

あの時妹子の唇から零れた弱々しい声が、頭から離れない。


end

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