Novel〜biyori〜
□監獄日和
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横縞のボーダーの服を身につけた囚人は当然のことながら牢獄へ放り込まれ、更に終身刑となった凶悪な者はその中でも最も警備の厳重な通称、『生地獄』に入れられ生涯、太陽の光を拝むことの出来ないような部屋で暮らすことになっている。
その囚人の1人である人間、小野妹子の今から行く場所はそんな所だ。それも、出ようものなら悲鳴が響く、最強最悪の監獄。そこはまさに『地獄』。
囚人服を身に付け、両手を後ろにやり手錠をかけられ、3人の警察官に連れられて
妹子は部屋にやってきた。
明るく、日の下では栗色に輝く茶髮は埃でくすんでいる。健康的だった赤みを帯びた肌をした顔はやつれた表情をしていた。大きな瞳は挙動不審になっている彼の心境をそのまま映しているかのように暗く、光を失っている。
「さっさと入れ」
「…はい」
闇色に染まった部屋に妹子を押し込むと警察官たちは格子の鍵を閉めて悠々と去っていった。暗くて全体像は掴めないがどうやら広めの部屋らしい。寝床のような場所が数ヶ所あるから、おそらくここは、数人の犯罪者を入れる場所なのだろうか。しかし、人が見当たらない。
それどころか、妹子には人の気配が感じられなかった。
ただ唯一、何やら邪悪で恐ろしげな気配が部屋には漂っている。
「…こんにちは」
言ってから、妹子は今がいつ頃の時刻なのかということを自分が知らないということに気がついた。今は朝なのか、昼なのか、眠くないから夜中ではないはずだ。
闇へ、一歩足を踏み入れる。無機質な冷たい足音が部屋に響いた。
妹子の前に突然、逆さまの人間の顔が現れた。
「うわぁっ!?」
闇の中に浮かぶ逆さまの青白い顔、驚きのあまり後退りする。が、背後は既に頑丈な鍵を閉められた格子だ。妹子の顔には恐怖と絶望。
跳ねた黒い髪、丸く大きな闇の瞳、その逆さまになっている無表情な顔はやがて、
満面の笑みを浮かべた。
「可愛い新入りだな、気に入った!!」
「……、ぇ…?」
思いがけない展開に、妹子はひどく掠れた声をあげた。目の前の人物が言っている内容がよく理解出来ない。
彼は、ひょいと身を翻し地面に着地した。理由はわからないが、どうやら今まで、天井の格子に掴まってコウモリのようにぶら下がった状態でいたらしい。呆気に取られている妹子に、彼は腰を曲げて顔を近づけた。長身である相手と小柄な妹子の身長差はかなりあるらしい。そのまま彼はまじまじと妹子の顔を覗き込む。妹子は思わず息を止めた。
(臭っ!)
失礼だとは思っていながらも、そうでもしなければ自分が倒れてしまいそうだった。そこは懸命に耐える。できることならば、すぐに自分から離れて欲しかった。
その願いが通じたのか、相手は笑顔のまま身を起こした。ヘアピンで上げた前髪が乱れかけていておかしい。
相変わらず怯えたような妹子を前に、しかし妹子には話しかけることはなく、彼はお世辞にもよく通るとは言い難い声で大きな声を出した。
「おーい、閻魔。平田が言ってた新入りって多分こいつだ」
「え? 見たい見たい!」
「…!?」
大分目が慣れてきたとはいえ、やはり暗い。どこからともなく人間が現れるという状況に妹子は思わず身構える。
妹子が状況把握をする前に、闇の中からもう一人の人間が現れた。途端に妹子が絶叫する。
「あ、ホントだ可愛いk…」
「うわああぁっ!!!!」
「え!? 俺なんかした!?」
戸惑いを隠せない、先ほど閻魔と呼ばれていた男を尻目に、妹子は闇の中に逃げ出した。
「えっ!? 何で逃げんのさっ!!」
「閻魔のおでこから鬼男に刺された後の血が流れっぱなしだからじゃないか?」
「あぁなるほど。太子賢い☆」
(刺されたの…!?)
背後の声を聞きながら惑う妹子は何かにぶつかった。固いがそれは、ぶつかった妹子の衝撃を吸収するように抱き止める。妹子の頭上から声。
「痛っ! っておい、大丈夫か?」
「あ、すいませ…」
妹子は言葉を失った。自分を抱き止めた人物は、手に刃物のように長く鋭い爪を真っ赤に染め上げていたからである。
「刺した人だああぁぁぁっ!」
「え? ちょ…ぅお!?」
彼を突飛ばし、パニックになった彼は再び闇を惑う。台のようなものに躓いた妹子は、今度は柔らかいものに倒れ込む。混乱した頭でも、今回ははっきりと人肌の温もりの腕の中だと認識できた。
「ねぇ、大丈夫!? 安心して、私たち何もしないから」
声をかけられ顔を上げると、優しそうな中年の男の顔。思わず安堵し緊張が緩む。その拍子に妹子は意識を手放した。遠くの方で「芭蕉さん!! そのままその子ゲットしといて!!」という声が聞こえた。