Novel〜biyori〜

□閻鬼の学パロっぽいもの
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閻魔は今世紀最大のショックを受けていた。





閻魔の通う高校までの通学路の途中にコンビニがある。人のあまり来ない、小さなコンビニだ。人が来ないためか、少々品薄だが閻魔はそのコンビニをよく利用していた。



毎日、下校中にこのコンビニへ寄り、缶コーヒーを買うのが閻魔の日課である。そのコンビニの中では人気商品である様子のその缶コーヒーを、閻魔はいつも寸のところで手に入れていた。





昨日までは。





今日、とうとう閻魔はその日課を果たすことが出来なかった。



恐らく、放課後に生徒指導部長の教師に呼び止められたのが響いたのであろう。伸びすぎた前髪を髪ゴムで結っていたことに対して注意を受けていたのだ。たかがそれだけのこと、と閻魔は思ったが学校という所はそうもいかない。その指導にやたらと無駄な時間を費やしてしまった。



そして、缶コーヒーが無かったのである。



場所が移動したのかと思って店内を一周してみる。が、店内の配置は相変わらずで、いつも買っている缶コーヒーの場所にぽっかりと空間が出来ていた。先に買われてしまったのである。閻魔はひどくがっかりとした重い足取りでコンビニを何も買わずに出た。出た瞬間、声をかけられる。



「あ、大王」



「…あぁ、鬼男くん…」



閻魔のいつになく弱々しく力のない声に鬼男は飲もうとしていた缶コーヒーを口へ運ぶ手を止めた。閻魔の目が見開かれる。



「あ」



「…はい?」



「……。」



「……大王?」



「ああああぁぁぁっ!!!! 俺の缶コーヒィィィっ!!!!」



「はぁっ!?」



鬼男は訳がわからないという様子で閻魔を見、突然突進してきた閻魔に衝突してバランスを崩しそうになる。が、なんとか耐えた。閻魔が鬼男に掴みかかり、激しく揺さぶる。



「何で鬼男くんがそれ買っちゃってるのっ!! 何で俺買えなかったのに買っちゃうのっ!!」



「いや、意味わかんねぇよっ! つーか揺らすなっ! コーヒー溢れるっ!」



あまりにも激しく揺さぶるものだから、鬼男は缶コーヒーが制服にかかってしまうのではないか気が気でなかった。が、閻魔にはそれは全く問題ではないらしく、その手を止めない。



「俺、いっつもそれを楽しみに下校してるんだよっ!」



「知らねぇよっ! 初耳だよっ! いいから離れろ、たかが缶コーヒーにしつこ過ぎるぞイカが!」



「たかが缶コーヒーって言ったな!? いいか、その缶コーヒーはな、このコンビニで一番の人気商品なんだよっ!?」



「地味過ぎるぞコンビニっ!!」



「あと、俺をイカって呼ばないでよ!」



「反応遅ぇよっ!」



二人とも体力の有り余っている男子高校生だ。話の軸がずれていくまま激しく下らない言い合いが止まらない。コンビニの入り口付近の論争を止めに入る者は誰もおらず、また、誰もコンビニから出入りしなかった。



やがて、先に体力を失ったのは閻魔の方であった。無駄に疲労したため、深く息を吐いて鬼男に掴みかかっていた手を弛めた。そのまま落ちるように側にあるベンチへと腰かける。放心したような無表情。そんな閻魔に、困ったような表情を浮かべる鬼男。



少し考えて、鬼男は閻魔の隣へ腰掛け、持っている缶コーヒーを差し出した。



「…そんなに言うならあげますよ…言うほど僕にこだわりはありません。まだ一口も飲んでませんからどうぞ」



「マジで!! わーい、ありがとう」



「……。」



閻魔は鬼男の手から缶コーヒーを取り、口に含んだ。ぷはぁ、と満足そうな笑みを浮かべる。



「すごくぬるいね」



「そこはずっと開いてたんだから我慢しろ」



「まーね」



そう言って閻魔はもう一口缶コーヒーを口に含んだ。すっかり冷めたコーヒーは、いつもよりも味が濃く感じる。缶の半分ほど飲んで、閻魔は鬼男へ缶を差し出した。



「はい、どうぞ」



「どうぞって…これお前飲んだだろうが」



「うん、そうだよ?」



「そうだよってお前…」



躊躇う鬼男。しかし閻魔の無垢な瞳に負けて、鬼男は缶を受け取った。



随分と軽くなった缶コーヒー、それを見つめ鬼男は震える手でゆっくり、恐る恐る缶コーヒーを口へ運ぶ。口の中へ生ぬるいコーヒーを流し入れる。



「はい、間接キスー♪」



「ぶっ!」



鬼男の口からコーヒーが勢いよく溢れた。閻魔がその様子を愉快そうにせせら笑う。思っていた以上の反応だ。鬼男は顔を紅く染めて口を拭った。今までずっと庇ってきていたというのに、制服からコーヒーの匂いがする。



鬼男は苛立ったように顔を上げた。



「てんめぇ…本当に何しやが…」



鬼男は突然近くなった閻魔の顔を見て、言葉を止めた。閻魔の指先が鬼男の頬に触れ、鼻と鼻の先が僅かに掠める。



そこで閻魔は止まった。



ニヤリと口角を吊り上げる。



「だ、大王?」



「何何? チューされると思った?」



「……。」



鬼男はひどく赤面した。一瞬心臓が止まるかと思ったのに、今はいつも以上に脈が速くなっている。気まずくなって閻魔から目を逸らすと、閻魔は更に愉快そうに笑った。くしゃくしゃと鬼男の銀髪を撫で回す。鬼男は更に俯いた。



その鬼男の頬へ閻魔は指を滑らせる。驚いたように顔を上げる鬼男、その唇の端についたままのコーヒーの水滴を指先で拭って、それの指をぺろりと舐めた。



呆気に取られる鬼男へ、無邪気な笑顔を見せる。「へへっ」と嬉しそうな表情。固まる鬼男、その横で閻魔は立ち上がった。柔らかい、しかし少し悪戯っ子のような笑顔を鬼男へ向ける。



「コーヒーご馳走さま♪ 今度は俺が奢ってあげるね」



バイバイ、と閻魔は爽やかな笑顔を残して去っていった。しばらくは閻魔の後ろ姿をぼんやりと眺めていた鬼男は、やがて今までの過程を思い出して再び頬を紅くし、ベンチに座ったまま項垂れたように顔を伏せた。



人の来ないコンビニ前の話。落ち込んでいるように見える銀髪の高校生は、耳が真っ赤だ。

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