Novel〜biyori〜
□こんなことがあっていいのか
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「…どうしろっつーんだよ、このガキ…」
胡座をかいて頬杖をついたまま、鬼男は本日何度目かになる大きな溜め息を吐いた。
目の前にいるのは、ロリータの小学生ほどの少女である。紫がかった波打った髪、色を抜いたように白い肌、深紅の瞳、そんな幻想的で不気味な身を隠すかのようにメルヘンな服装をしている少女だ。
先ほど出掛けた際に、不思議と自分の後をつけてくるものだから声をかけたところ、すっかり鬼男になついてしまった。そしてそのまま少女は鬼男の家にちゃっかり上がり込んでしまったのである。
「えっと……誰かな?」
「……?」
少女はひどくきょとんとした顔をして、真っ直ぐ鬼男を見た。大きな目を瞬きさせる。鬼男は困ったように頭を抱えた。
「えーっと……え、君の…名前は?」
「え、わたし? ヒ・ミ・ツ☆ウッフフー」
「真面目に答えやがれこのクソガキ」
「…わたしはえんま」
鬼男は何故だか無性に閻魔に対して苛立ちを覚えた。が、相手は10歳にも満たない女の子である。
「…えー、俺のことを知ってるのか?」
「しってるよ」
「…何で?」
「だって、さっきはなしかけてくれたもん」
「……俺が話しかける前は?」
「しらないかったー」
「……。」
盛大な溜め息。これだから小さい子どもは苦手なのだ。きちんとしたコミュニケーション、意志疎通をすることが出来ない。
「…何だよ、しらないかったって…」
「おにょくん」
「あ゛?」
鬼男が不機嫌そうに顔を上げる。閻魔がくるりと華麗に一回転した。膨らんだレースのスカートがふわりと揺れる。閻魔はそして、スカートの端をつまみ上げてちょこんとお辞儀をした。
「どう?☆」
「…ガキのチラリズムなんて興味ねぇよ」
言うと、閻魔はむぅと頬を膨らませた。柔らかそうな頬がパンパンになり、丸くなる。鬼男が興味本意で閻魔の頬を突くと、閻魔の口から生暖かい空気が溢れだした。キャッキャッと甲高い笑い声を上げる閻魔。
「……(うるさい…)。」
騒がしい閻魔を少し静かにさせたい鬼男は立ち上がって冷蔵庫を漁り、牛乳をコップに注いで閻魔へと差し出した。嬉しそうに両手でコップをつかむ閻魔。
「ありがとーございましたっ!」
「あーはいはい」
「……。」
「……(飲んだ…)。」
ぷはぁ、と閻魔が息を吐く。白い牛乳の痕が閻魔の口まわりについている。鬼男はそれを無造作に拭いてやった。
細く小さな腹の虫の音。閻魔は自分の腹を見下ろした。鬼男が溜め息を吐きながら再び立ち上がり、冷蔵庫を漁る。プリンがあったから、それを出して閻魔の前に置いた。
「はい、どうぞ」
閻魔が目を見開いた。驚いたように鬼男を見上げる。目は星のように輝いている。
「くれるの?」
「ああ」
「ほんとにくれるの!?」
「もう何でもいいからやるよ」
「ゆめみたい!」
「……。」
たかがプリンにここまで感動されると、鬼男は閻魔に対して逆に申し訳ないような気持ちになった。
カップの蓋を勢いよく剥がし、プラスチックスプーンの入った袋を豪快に開ける。「いただきますっ!」と大きな声で言った後、閻魔は目一杯に口を開けてプリンを口に含んだ。
「……(食べた…)。」
「おにょくんもたべる?」
閻魔はプリンを乗せたスプーンを鬼男へ差し出した。
「いや、いい」
「たべるのっ!」
「…はいはい」
鬼男がスプーンを受け取ろうと手を伸ばすと、閻魔は怒ったように首を横に振った。
「あーんして」
「…あ゛?」
「あーんしてっ!」
「……。」
さすがに渋る鬼男。しかし、彼女のその深紅の瞳に見つめられると、不思議と鬼男は反抗出来なかった。黙って口を開く。スプーンを入れられ口を閉じると、濃厚な味わいが口いっぱいに広がった。目の前には、満足そうな笑顔を浮かべる閻魔。
「ごちそうさまでした、は?」
「…ごちそうさまでした」
「よくできました」
閻魔はニカッと笑って鬼男の頭をくしゃくしゃと撫でた。もはや抵抗する気力も残っていない。溜め息を吐きながら閻魔に揺さぶられる鬼男。
残りのプリンを平らげ、閻魔は元気よく手を合わせた。
「ごちそーさまでしたっ!」
「はいはい」
軽く流す鬼男。閻魔は満面の笑みを浮かべ、胡座をかく鬼男の足の上に座った。呆れたような表情を浮かべながらも、閻魔が落ちてしまわないように閻魔の身体に手を置く。驚くべきことに、閻魔の股下に身に覚えのあるものが触れた。ぎょっとしたようにまじまじと閻魔を見つめる。閻魔の股下に手を置く。鬼男の顔が青ざめた。
「え、お前……え、ちょっと待て。お前……」
間違いない。
「お前、オスーーーっ!!!???」
「え? そうだよ?」
閻魔がケラケラと笑った。言われてみれば確かに、女よりも骨格はしっかりしているし、肩幅も広い。腕も筋肉質に固い。が、やはりパッと見たところ、閻魔は少女にしか見えない。
「…世も末だな…」
「かわいいでしょ?」
よほどショックが大きかったのか、鬼男は軽く目眩がした。額に手を置き、大きく息を吐く。閻魔があっと声を上げた。
「おにょくん」
「今度は何だよ…」
さすがにぐったりとした様子の鬼男。構わず閻魔は続けた。
「おにょくん、これなおして」
「…ったく…どれだ?」
言って閻魔は、バッと胸元の服を開いた。白い艶やかな肌をした胸元が大きく開く。なるほど、胸元のレースが取れかかっていた。
「…あぁ…」
「あれぇ? あんまりはんのうしない…」
「ガキ(←しかも男子)にいちいち反応してられっかよ」
無駄に色気づきやがって、と鬼男は思った。そのまま閻魔の服を脱がす。閻魔の細い身体が露になる。上半身の服はどうやらこれ一枚だけだったらしく、あまりにも寒々しかったので鬼男は自分のパーカーを閻魔に渡した。
「このパーカーおにょくんのにおいがするね」
「逆に他に何の匂いがするんだよ…」
裁縫道具を出し、鬼男は早速レースを縫い付ける。器用な彼は、みるみるうちに新品同様の仕上がりに縫い上げていった。それを閻魔が驚いたように眺める。
「おにょくんじょーずだね」
「…これくらいでそんなこと言われるとはな…」
「このおよーふくつくったことあるの?」
「あってたまるかっ! ふざけんなっ!」
鬼男が怒鳴るが、閻魔は全く意に介さないようで、「そっかぁ、つくったことないのかぁ」と残念そうに言った。閻魔には何を言っても無駄らしい、気持ちを落ち着かせて再び裁縫へ取り組む。
ピンポーン
機械音のチャイムが鳴った。舌打ちをして立ち上がる鬼男。こんな状況で来客など来て欲しくない。
『鬼男くーん。入るよー』
『おじゃまします』
「げっ、妹子と曽良かよっ!」
鬼男の顔が蒼白になった。急に慌てたように、表情が焦燥の色に変わる。
「おいっ、ちょ、ガキ! どっか隠れろ!」
「えー、なんで?」
「いいから早くしろ!」
「そういわれるとうごきたくなくなっちゃうなー」
さっさとこの子どもを外へ摘まみ出せばよかったと鬼男は思った。ふと自分がロリータの服を持っていることを思い出す。これはどうするべきなのか。鬼男が混乱に陥る。
ドアが開いた。
部屋に入ってきた妹子と曽良、そしてもとから部屋にいた鬼男が絶句する。
床には裁縫道具箱、その隣には針と糸のついたロリータ服、その横には鬼男のパーカーを身に包んだ少女と、その肩を強く持っている鬼男の姿。
「……。」
「……。」
「……。」
「鬼男さんって、ロリコンだったんですね」
「違う。断じて」
「鬼男くん、安心して。僕たち、鬼男くんがどんな人でもずっと友達でいてあげるから」
「だから違うっつってんだろ」
「はじめまして。おにょくんのかくしごのえんまです」
「てめぇも話をややこしくするようなこと言うなっ!!!」
鬼男が怒鳴り付けるが、先ほどと同じように全く意に介さない。妹子と曽良は憐れむような目で鬼男を見つめた。鬼男が赤面する。
「…うん、鬼男くんのその趣味は誰にも言わないであげるから…ね」
「だから……
違えええぇぇぇっ!!!!」
誤解を解くのに鬼男は1ヵ月を有した。