Novel〜biyori〜

□コンビニでバイト
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田舎にある私鉄の小さな駅の隣に、そのコンビニはあった。地元の学生たちの貴重なバイト場所となっているコンビニである。

平日の午前10時ということもあり、店員の他に人がいない。気持ちがすっかり萎えてしまった閻魔は、肉まんをぼんやりと眺めることにも飽きてしまったのか、椅子に座ったまま大きく伸びをした。

「あーあ、また来ちゃったよ、客無しタイムが。もう本当に暇で暇でつまんないなぁ」

閻魔はポケットに常備しているキャラメルを口に放り込んだ。決して万引きしたものではないのだが、場所が場所なものだからこうして人気のない時間帯でないと食べることは出来ない。鬼男が呆れたような顔をする。

「それはあんただけだ。人がいなくても仕事しろ」

「えー、だって雑用でしょ? 面倒じゃん」

「今、暇っつっただろ」

「それとこれとは話が別なんだよー」

俺は接客がしたいんだよー、と閻魔はぼやいた。鬼男が大きなため息を吐く。コンビニというものは少なからず人のいない時間帯というものが出来てしまう。だからマニュアルには、そういう時間に行うべきことが事細かく書かれているのだ。例えば商品整理、例えば床拭き、あるいは釣り銭管理。

隣でレジが動く音がした。ピッという機械音が鳴り、レシートが出てくる。鬼男は怪訝そうな顔をした。

「…曽良、何やってんだ?」

「買い物です」

言って曽良はカップアイスの蓋を開けた。商品に付けるはずのプラスチックスプーンを制服のポケットから取り出し、何降り構わずアイスを掬って口に含む。それを鬼男は呆れたように見つめた。

「お前なぁ…店員の自覚ねぇだろ」

「いいじゃないですか、お金も払ったわけですし」

「……。」

彼には何を言っても無駄だなと鬼男は思った。再び隣で盛大な溜め息。バイトに飽きてしまった閻魔が「暇だあぁ」と嘆く。

「鬼男くん、誰も来ないからそこのエロ本コーナーで読んできていい?」

「…お前まだ高校生だろ」

「俺もう18歳だし」

「…フォローはしないからな」

「よし、読んでくる」

閻魔はすっと立ち上がり、なに食わぬ顔で娯楽雑誌コーナーへと向かう。客はこのコンビニに今、入るのになかなかの勇気がいるだろうなと鬼男は思った。隣では相変わらず曽良がアイスを舌に乗せて、融かしながらゆっくりと味わっている。

店内に流れている曲はもうすっかり聞きあきてしまった。商品も綺麗に整えてしまった。切れた蛍光灯もついでに取り換えてしまった。鬼男はいよいよ本当にやることがなくなってしまったのだ。どうやらマニュアルの方も、ここまで暇な時間が出来てしまうことは想定していないようである。鬼男は大きな欠伸をした。

突如、自動ではないドアが開き、この時間には珍しい客が入る。マニュアル通りに客に不快を与えないようなほどよい笑顔を向けて鬼男は口を開いた。

「いらっしゃいま…せ〜」

「鬼男くん、今何で一瞬止まったの!?」

芭蕉が驚いたように声を上げた。

「……!!」

ガタンと音を立てて曽良が勢いよく立ち上がる。そのまま彼は何も言わずに倉庫の部屋へと消えた。困惑したような表情を浮かべる鬼男と芭蕉。逃げたな、と思った。

「えーっと、今は鬼男くんと曽良くんだけなの?」

「いや、イカがそこに…」

「え? ……あぁ…うん」

意外な芭蕉の大人の反応に、鬼男はある意味尊敬の念を抱いた。芭蕉は恐らく、そういうことに理解のある大人なのだろう。

「おいイカ、接客したかったんだろ?」

「うるさいよ鬼男くん! 今俺忙しいのっ!」

「商品のエロ本読んでおきながら偉そうな口きくんじゃねぇよ!」

閻魔はむぅと頬を膨らませ、しかしその場を動かなかった。鬼男の顔に明らかな怒りの表情、が、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。いくら親しい仲である芭蕉とはいえ、客の前で見苦しい真似をしてはならない。とは言うものの、既に見苦しいものをたくさん見せているのだが。

再びドアが開く。今日はいつもより客が多いなと鬼男は思った。

「いらっしゃいませ〜妹子かよ〜」

「……びっくりした…続けて言われるとは思わなかった…」

妹子が大きな目をまるくして鬼男を見つめた。店内を見回し、芭蕉に笑顔を向けて、閻魔を見て苦笑する。彼も、それについては何も言わない。

にもかかわらず、声をかけてきたのは閻魔の方だった。

「ねぇ、妹子ちゃん。ちょっと来てよ」

「え…いや、僕まだ16歳なんで…」

全面的に拒否する妹子。このような人前で堂々と読むだけの度胸は彼にはない。閻魔はつまらなさそうに唇を尖らせた。

「妹子ちゃん、男が立派な大人になるには些細な冒険心というものが必要なんだよ」

「淫らな世界に小野を勧誘するな、変態大王イカ」

「鬼男くんはこういう子どう思うの?」

「別に何とも思わない。俺は清純派なんだ」

「いや鬼男さん、そういう問題じゃ…」

妹子が困ったような声を出した。芭蕉が手に弁当を持ったまま「あのぉ」と言うが、誰も聞いてはいない。

そして再びドアが開く。鬼男が精一杯の作り笑いを貼りつけたまま口を開いた。

「いらっしゃいませもういい加減にしろよっ!!」

「何このコンビニ! 私何で怒られたの!?」

太子はひどく傷ついたような顔をした。店に入った途端に怒鳴られるとは思っていなかっただろう。鬼男は深く息を吐いて気持ちを落ち着かせた。

「大変失礼しました。少々こちらも取り乱しておりまして…」

「閻魔ー、何読んでるんだー?」

「……あの野郎…」

鬼男はひどく苛立ったように顔を歪めた。が、彼もまた何を言っても無駄である人物であることを鬼男は知っていた。彼らは本当にコンビニを何だと思っているのだろう。妹子に至っては太子をあたかも赤の他人であるように振る舞っており、言葉さえ交わそうとしない。

「閻魔は相変わらずだなぁ」

「えー、太子はどんな子が好き?」

「私はこういう方が…」

「太子は相変わらず巨乳好きだねー」

「閻魔は案外微乳好きだよな」

「だって小さい胸って包んであげたくなるじゃない?」

「私は大きな胸に包まれたいけどな」

「てめぇらそれさっさと買って店出て行きやがれっ!!!!」

ついに鬼男が我慢の限界だとでもいうように怒鳴った。が、二人は全く意に介さないようで、不満げな顔をしながらその場を動かない。

「鬼男くん、これは男子高校生にとっての有意義な時間なんだよ? そこんとこわかってる訳?」

「だからっててめぇ、バイト中だってこと分かってんのかっ!」

「いいじゃない、身内しかお客さん来てないんだし」

「こんなんだから逆に他の客が入れねぇんだよっ!」

「ところで鬼男、お前は巨乳派か? 微乳派か?」

「俺は美乳派だっ!」

「鬼男さんって意外と男前ですよね…」

顔色ひとつ変えずに言いきった鬼男に、妹子は尊敬のような呆れのような微妙な顔をして視線を送った。ただルーズリーフを買いに来ただけなのに、とんだことになってしまったなと妹子が溜め息を吐く。隣で芭蕉も困ったように眉尻を下げた。

「あのぉ、レジ…」

「そうだ、巨乳好きと言えば曽良じゃん! 曽良ー、ちょっとこっち来てー!」

芭蕉の声を掻き消し、閻魔が曽良を呼ぶ。奥から鬱陶しそうな顔をした曽良が顔を出す。ちらりと閻魔と太子の方に視線をやり、しれっとした顔で口を開いた。

「そこの本には興味ありませんよ、まだ足りませんでしたから」

それだけ言って曽良は再び奥へと消えた。曽良の大胆発言に、言葉を失う一同。

沈黙。
やがて、遠慮がちに芭蕉が声を出した。

「あのぉ…」

「あ、はい」

「お弁当、買っていいかな…?」

「…はい、580円の唐揚げ弁当がおひとつ、以上でよろしいですか?」

「はい」

「お会計、609円になります。こちら温めますか」

「あ、じゃあお願いします」

「かしこまりました。610円お預かりします。1円のお返しとレシートになります。ありがとうございました。お弁当が温まるまでもうしばらくこちらでお待ちください。お次のお客様どうぞ」

事務的に、機械的に動く鬼男。確かにここはコンビニだったな、と閻魔は改めて思った。客の来ない、田舎のコンビニである。

たかが弁当ひとつ、ルーズリーフひとつを買うのにもたくさんの時間を費やすような、アルバイト学生しかいない、何ともやる気のないコンビニ。ある意味いい場所で働いているなと思う。いろいろと考え、妹子と芭蕉が買い物を済ませて店を出た後、閻魔と太子は再び本に視線を落とした。

平日の午前10時過ぎの出来事である。鬼男だけがレジの前に立ち、店番をしていた。

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