東の海編
□Prologue
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「いい天気だなァ」
時折、視界を過ぎる海鳥を眺めながら口に含んでいたガムに空気を送る。
ふと持ち物の手入れをしようと思い立ち、腰に巻いていたベルトを外した。
まずベルトについている小さな棒状のものを取り外した。
伸縮式のそれを軽く振ると、柄が伸びて一本の黒い杖となった。
丁寧に布切れで拭いていき、曲がりがないか確認する。
それからベルトについているポーチの中身をひっくり返して整理整頓。
「さて、と」
必要ないものを外して一通り終えると、これまた黒のケースから一組のトランプを取り出した。
そんじょそこらのトランプと違い、極薄い金属でできているこれは扱いを一歩でも間違えれば、指など簡単に切れてしまう代物である。
「おい新入り。何やってるんだ?」
トランプを入念にシャッフルしていると、見張り台からひょっこりと小柄な男が顔を覗かせた。
自分と同じように船番を命じられた者だろう。
愛嬌のある顔をしている彼はこちらをまじまじと見つめてくる。
「トランプをシャッフルしています」
「それは見りゃわかるけどよ」
質問に答えただけなのに変な顔をされた。
小柄な男は動き続けるトランプから、床に置かれた道具を見て不思議そうな顔をした。
「新入り。おめェまさか奇術師か何かか?」
「まさかでなくてもそうですけど」
それが何か?と聞き返そうとしたら、小柄な男の顔が輝いた。
この顔。どんな人間でも大抵は自分が奇術師だと言えば、皆同じ顔をする。
期待に満ちた好奇心旺盛な顔だ。
「何かやりましょうか?」
「本当か?」
嬉しそうな顔をする小柄な男。
口に含んでいたガムを飲み込んだ。
切っていたトランプを広げて見せ、その中からジャックのカードを三枚取り出す。
「ここに三枚の同じ数字のカードがあります。この三枚は兄弟でとても仲良しです。では、どれだけ仲が良いか確かめてみましょう」
言って、三枚のカードを裏にして置き、その反対側に残りのトランプの山を置いた。
「このカードたちは違う数字なので他人ということになります」
他人と呼んだカードの山から一枚を取り上げ、裏向きのまま中央に置く。
「他人です」
次は三枚が置かれたカードの一枚を取り上げ、その上に裏向きのまま置く。
「今度は兄弟です」
また一枚、カードの山から「他人」を取り上げて中央にあるカードの上へ重ね、その上に「兄弟」を重ねていった。
同じことをもう一度繰り返し、三枚目の兄弟のカードを中央に置いたところで手を止めた。
「これで兄弟の間には三人の他人が入っていますね」
こちらの問いかけに小柄な男はコクコクと頷いた。
大の大人がする子供のような仕草におかしさが込み上げるが、そこは我慢した。
中央に重ねられた六枚を手に持ち、それから男を見てニヤリと笑う。
「ですが、この兄弟は仲良しなので間に他人が入ってもいつも三人一緒になってしまいます」
小柄な男が眉間に皺を寄せた。
何故なら同じ数字のカードの間にはそれぞれ違うカードが入って重なっているのだから。
しかし、男の怪訝な視線をものともせず不敵な笑みを深めた。
この顔が驚きに染まることを想像して。