薄桜鬼

□一緒に遊ぼう
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跳んだ勢いで、原田の背中に思い切りしがみつくような格好になったため、原田の驚きようとあがった悲鳴は永倉や藤堂の比ではなかった。
「ふっふっふ。しゃらくさい真似をするからだ」
おぶさった状態のままでにやっと笑うと、原田が不思議そうな顔で振り向く。
「なんのことだ?」
「とぼけるな。槍を囮にして千鶴に俺を攻撃させるとは、貴様にしてはなかなか考えたじゃないか」
「槍?………ああ、あれか」
ちょっと考えてから、原田は頷いた。
「隠れるのに邪魔だから、たてかけといたんだよ。こんなとこ、他に誰も来そうにねぇし、盗られることもねぇだろと思ってよ」
「…………それだけか?」
「ああ。……つうか俺、いつまでおまえをおんぶしてればいいんだよ」
原田の背中から降りつつ、槍を見つけたときのことを考える。
槍の近くにこいつがいるものと思って、こいつの姿を探すことだけに熱中していたから、俺はたぶん隙だらけだっただろう。
千鶴はそれを狙って来た。槍を見つけてからすぐのことで、だから俺は槍が罠だったんだと考えたのだが。
そこまで考えたとき、そばの茂みから永倉と藤堂が出てきた。藤堂はご丁寧に永倉の両腕を後ろに回させて掴んでいる。岡っ引きの捕り物のつもりらしい。
「捕まえてきやしたぜ、ダンナ」
なぜか藤堂までが悪役風の笑みを浮かべる。永倉は罪人になりきって、ときどき抵抗する演技までしていた。
「あとは斎藤と千鶴か」
呟くように言って社のほうを見る原田に、永倉が顔をあげる。
「あれ?千鶴まだ捕まってねぇの?」
「ここにいねぇってことは、まだなんだろ?」
同意を求めてこっちを見る原田に頷いて応えたとき。
社のほうから、斎藤が大声をあげるのが聞こえてきた。
「わー!来るな、あっちへ行け!」
何事かと顔を見合わせた永倉と原田が、同時に駆け出した。遅れて俺たちも歩いてあとに続く。
「一くんがあんな慌てんの、珍しいな」
「なにかあったんだろう」
二人して社に戻ってみると、斎藤が弁当らしき風呂敷包みを抱きしめたまま原田たちに捕まっていた。
「野良犬がこれを狙っていたから、つい……」
自分の慌てぶりが恥ずかしかったらしく、斎藤はわずかに赤くなってモゴモゴと言い訳した。振り向けば少し離れたところに野犬がいて、名残惜しげにこっちを見ている。
「……貴様なんぞに我が妻が作った弁当をやるわけにはいかん。失せろ」
睨むと、野犬は弾かれたように走り去っていった。
「ちーちゃんてば、犬くらいでそんなにマジになんなくてもさぁ」
苦笑する藤堂。俺が追い払いたいのは犬だけじゃないのだが。
とにかく、これで皆捕まえた。あとは千鶴だけだ。
「斎藤、千鶴はどこだ」
斎藤は静かに首を振った。
「おまえに打ちかかるのを見たが、それきりあとは見ていない」
まぁ、斎藤も逃げるのと屋根に代わる隠れ場所を探すのに忙しかっただろうから、見てなくても不思議ではない。
だが、あのどんくさい千鶴が、こうまでうまく隠れ続けていられるものだろうか。
「………………」
しばし考えたのち。
「貴様ら、手分けして探せ。たいして広い場所じゃないんだ、分かれて探せばすぐ見つかるだろう」
「ちぇ、偉そうに」
「なーんかちーちゃんに命令されんのはしっくり来ねぇなぁ」
「仕方がないだろう。今は俺たちも鬼で、ちーちゃんはその頭領だからな」
ぶつぶつ言いながらも、四人はてんでに散っていく。
一人になった俺は、近くの茂みの側へ行き、そこを探すふりをした。
がさがさと音をたて、枝を揺らす。
それにまぎれるように、背後から近づく密やかな足音。
「………千鶴か」
振り向かずに言うと、背後で息をのむ気配がした。
「………バレてたんですか」
思った通りのがっかりした声に、笑いが漏れる。
つまり千鶴は、ずっと俺について歩いていたのだ。隠れながら俺を監視し、一人になって隙を見せるのを待っていた。
いくら探してもわからないはずだ。千鶴はずっと、俺の後ろにいたのだから。
ゆっくり振り向いて、竹刀を構えたままの千鶴に手を伸ばす。
「捕まえたぞ」
柔らかい頬に触れると、千鶴の顔が真っ赤になった。
「なんだ、他の場所のほうがよかったか?」
頬から降ろした手が肩に触れ、腕を掴む。
「か、風間さん!冗談は、」
言いかけた千鶴を強く引っ張った。油断していた体が、難なく俺の腕の中に収まる。
固まってしまった千鶴の耳に顔を寄せ、
「不意討ちは、なにも竹刀で打ち込むばかりではないぞ?」
囁いた声か、それとも吐息か。千鶴が身を竦ませて、俺を見上げてきた。
「どういう、意味ですか」
「わからぬか」
「わかりませ、」
返事を遮って、唇を塞ぐ。
千鶴の目が真ん丸になって、自分の唇を両手で押さえた。
落ちた竹刀を足で蹴飛ばして転がし、俺はわざと顔を近づけて千鶴の目を見つめる。
「わかったか?」
「……………………」
意地悪く笑ってやると、千鶴の顔はますます赤くなった。
「ま、おまえには剣術など無理ということだ。案ずるな、次に試合するときには俺が代わって」
そこまで言ったとき。
俺の唇に、柔らかいものが押し当てられた。
驚く俺から唇を離し、千鶴が急いで目を逸らす。
「か、代わっていただいたんじゃ意味がないですから!だから、…………」
それ以上は恥ずかしくて言えないらしい。
俯いてしまった千鶴に、俺も困り果てる。
こうまで可愛い真似をされては、理性がもたん。このまま連れ帰って定宿の布団に二人して閉じ籠りたくてたまらない俺の気持ちなんて、きっと千鶴は気づいてないんだろう。
しばらく無言で千鶴を抱きしめて思案し、俺は諦めのため息をついた。
「………わかった。少しだけなら、教えてやる」
「ホントですか!?」
ぱぁっと輝く顔で俺を見る千鶴に、渋々頷く。
「嘘は言わんと言ったはずだ」
「わぁい!ありがとうございます!」
跳び跳ねて抱きついてくる千鶴に、苦笑してしまう。子供なんだか女なんだか、こいつだけはよくわからない。
わからないからこそ、惹かれるのだが。

その後戻ってきた連中と皆で千鶴の弁当を食べ、屯所に戻った。
沖田を庭に呼び出し、試合の仕切り直し。
構えから竹刀の持ち方、剣さばきまで口うるさく教えながらの試合に、沖田はくすくす笑いながらも根気よく付き合っていた。
だが、千鶴は優しすぎるのかもしれない。踏み込むとき、剣を振りおろすとき、躊躇いが見える。それが隙になり、沖田につけこまれてしまう。

「だって、もし当たったら怪我をするかもしれないし」
汗を拭きながら言う千鶴に、俺は首を傾げた。
「だが俺に向かって振りおろしたときは、もっと思い切りがよかっただろう」
千鶴は俺を見上げて、にこっと笑った。
「風間さんなら、なんかなにしても大丈夫かなって気がして」
「………………」

それもひとつの信頼の証、と思い込めば思えなくもない。

「そうだな。もう一度口付けてくれたら、大丈夫かもしれないな」

「もー、風間さんたら!」

すぱーん。

「きゃーっ、風間さん!」
「どうしたちーちゃん!大丈夫か!」
「誰か井戸から水汲んでこい!」

脳天にきれいに決まった竹刀の一撃で薄れていく意識の中。

あの社で、俺に抱きしめられて口付けられても、嫌がるそぶりもなく恥ずかしそうに頬を染めた千鶴の顔が、ふわふわと頭を掠めて。

俺はそのときたいそう幸せそうな顔で気絶していたと、あとで聞いた。






終,

匿名希望様からリクエスト。
「新選組と遊ぶちーちゃん。たまには良い目に合わせてください」
……遊んでますよね?
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