薄桜鬼

□月夜の晩に
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そっと廊下に出て、周囲を見回した。

真夜中。すでに消灯も過ぎた時間だから、当然ながら誰もいない。

ほっとして、それでも用心して足音をたてずに自分の部屋へ急ぐ。

見上げた空に輝く月が眩しい。
まるで今まで俺がどこで誰となにをしてたか、見透かすような。

「……くそ、」

小さく悪態をついて目を逸らし、また歩き出そうとしたとき。

「平助くん?」

ぎく。

振り向くと、廊下の向こうから千鶴がこっちを見ていた。

「どうしたの?眠れないの?」

屈託のない笑顔でこっちに来た千鶴が聞いてくる。俺は曖昧に頷いて、それから改めて千鶴を見た。

「おまえこそ、なにやってんだ。こんな時間にうろうろしやがって」

「目が覚めちゃって。お水もらおうかなって思って」

平助くんも要る?なんて呑気に聞く千鶴に、呆れてしまう。
ここには男しかいねぇ。そんなとこで、女が真夜中にたった一人、ひとけのない廊下を歩き回るとか。なにかあったらどうすんだ。
そう言おうとして、やめた。どうせこいつのことだから、笑い飛ばすに決まってる。
だから言葉を飲み込んで、代わりに勝手場までついていった。二人で水を飲み、それからまたついて歩いて千鶴が部屋に入るのを見届ける。そうでなきゃ、心配で眠れやしねぇ。

「ありがとう、平助くん。お休み」

にっこり笑った千鶴に笑顔を返し、きっちり障子を閉めさせてから歩き出した。
幹部連中だけならこうまで用心はしないが、ここには他の隊士もたくさんいるんだ。どいつもこいつも退屈していて、喧嘩と女に目がないやつばかり。
なんだって千鶴は、そんなところに住んでいてあそこまで無防備になれるんだ。男装してるからなんてのは理由にならない。やれりゃ男でも女でも構わないってやつはそこら中にいるんだから。

自分の部屋に入り、敷きっぱなしの布団に寝転がった。はぁ、とため息をついた拍子に、わずかな匂いが鼻につく。

風呂、入ってくればよかった。
水でもいいから頭から思い切り被れば、少しはさっぱりするだろうに。




年も若くて体も小柄な俺は、他の隊士たちからよくちょっかいをかけられた。ふざけて触ってくるやつとか、冗談めかして誘うやつとか。
俺だって健康な男だからして、溜まるもんは溜まる。でも土方さんたちみたいに遊びに行くような金もなくて。
なので結局流されるみたいに、時々そういうやつの相手をした。別に好きとかそんなん関係ない。ただ吐き出したいからやるだけ。相手はそのときで変わるけど、皆俺と同じだ。気持ちよくなってすっきりしたい、それだけ。

幹部になって、少しは金まわりもよくなって、そういうことに応じることもなくなった頃、千鶴が来た。

当然、皆の目がそっちへ行く。小柄だし可愛いしよく笑う千鶴に、本気で惚れるやつまで出てきた。
それにいくら男の格好してても、勘のいいやつとか女に慣れてるやつにはなんとなくわかってしまうようで。

『あれ、女じゃねぇ?』

『まさか。幹部の誰かの小姓だろ』

『いや、ありゃ女だって。今度風呂覗いてみようぜ』

『俺、別に男でもいいけど』

『俺も。声かけてみようか。案外簡単かもしんねぇぜ、どうせ幹部の連中とやり慣れてんだろうし』

そんな声が聞こえるようになっては、じっとしていることはできなかった。

あんなガキ相手にしたって、つまんねぇだろ?

そう言って誘えば、ついて来ないやつはいない。
そんで、また元通りだ。

でも、嫌だったんだ。
千鶴がそんな目で見られるのも、あんな連中に絡まれるのも。

嫌だったんだ。

だって、一目惚れだったんだから。




やっぱり風呂へ行こう。
手拭いを掴んで起き上がり、廊下に出る。
月はまだ空の真ん中にあって、そこら中を蒼く照らしていた。

そこへ、人の気配。

足を止めると同時に、無意識に身構えた。刀は置いてきてしまったが、素手の喧嘩もそれなりに自信がある。

「誰だ?」

低く抑えた声で問うと、気配が揺らいで笑った気がした。

それから、答える声。

「職務に忠実な番犬がいるようだな。良いことだ」

からかうように言うその声には覚えがある。

「………なんだ、てめぇか」

体から力を抜き、庭の真ん中に現れた男を見る。
月光に負けないくらい輝く金の髪をしたその男の紅い瞳が、俺の持つ手拭いに止まった。

「今から風呂か?やめておけ、どうせ湯船は水になっているだろう。風邪をひくぞ」

「よけーな世話だ」

きっとこいつは、もしも千鶴が嫁に行けないような体になったとしても、まったく気にしないんだろう。いつもの笑みを浮かべて、それがどうした、とか言うに違いない。
ああ、その前に千鶴をそんな目に合わせるわけがなかった。絶対、どこにいたってきっとすっ飛んできて、相手が誰であろうと剣を抜き、千鶴を守るに決まってる。

こいつは、強いから。

俺には、こいつほどの強さはない。
いろんな事情やしがらみを無視する強さは、俺にはないんだ。

だから、俺にできる方法で、俺なりに千鶴を守るしかない。

ああくそ、なんか落ち込んできた。水風呂に頭から飛び込みたい気分。飛び込んでどっか打って、全部忘れてしまえればいいのに。

迷いのない足取りで千鶴の部屋に向かう風間の後ろ姿を見送りながら、ひとつため息をつく。

こうなったら風邪でもひいて、千鶴に看病してもらうことにしよう。日がな一日側にいさせて、粥をあーんとかやってもらったりして。そんで風間に、それを自慢するんだ。

悔しそうな風間の顔を想像したら少しだけ気分が収まって。

俺はもう一度月を眺めてから、風呂へ向かって歩き出した。





終,



……わけわからん雰囲気になった………。

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