薄桜鬼

□一緒に遊ぼう
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翌日、昼前。
社の鳥居をくぐると、千鶴は先に来ていた。
「よー、元気?」
千鶴の隣で、藤堂が手をあげて挨拶してくる。なんでこいつまでいるんだ。
「仕方ねぇだろ、千鶴は一人じゃ外出禁止なんだよ」
肩を竦めて社の石段に座り込み、藤堂は片手をひらひら振った。
「話は聞いてっからよ。まぁ頑張って」
「なんだ、助太刀してやるんじゃないのか」
「俺は千鶴の弁当食いに来ただけだもん」
早く済ませろよ、とそのまま寝転ぶ藤堂。くっ、千鶴の作った弁当は俺がひとりじめするつもりだったのに。飯粒ひとつでも他の男にやると思うと、無性に腹が立つ。
これがよく言う悋気というものか、と自分で自分に感心していると、いつのまにか背後に回っていた千鶴が俺の頭をめがけて竹刀を降り下ろしていた。
一歩横に足を踏み出して避ける。竹刀は空を切り、勢いあまった千鶴が前へつんのめった。
「わ…」
「おっと」
腹へ腕を回して支えてやる。千鶴は俺を見上げて、頬を真っ赤に染めた。
「す、すいません」
恥ずかしそうに俯いて急いで離れる千鶴に、俺の頬が弛む。
「不意討ちは悪くないが、もう少し気配を消したらどうだ」
にやける顔をごまかすように言うと、千鶴は思案するような顔になった。
「気配、って、どうやって消すんですか?」
「…………どうやって、って………」
今度は俺が考えこむ。口でどう説明すればいいんだろう。くそ、天霧を連れてくればよかった。理屈をこねるのは奴のほうが上手い。が、奴は俺がすっぽかした会合で今必死に言い訳をしている頃だ。
「おい、藤堂」
寝転んでこっちを眺めているチビを振り向く。
「貴様、少しは教えてやれ」
「えー?今日の俺は傍観者だぞ。そのへんに立ってる地蔵と同じと思ってくんねぇと」
「地蔵は飯は食わんだろう。弁当がいらないというならそれでもいいが」
「………ずりぃ」
渋々起き上がった藤堂が、唇を尖らせてこっちへ来た。
「気配の消し方なんか教わったって無駄だよ。だって、試合みたいなもんだぜ?向き合って、掛け声を聞いてから打ち合うんだもん」
「あ、そうか」
今気づいた、という顔の千鶴に、俺は呆れた目を向けた。
「なんだ。だったら不意討ちの技を鍛える必要もないんじゃないか」
「いえ!風間さんからは一本取ったらって言われただけで、不意討ちしちゃいけないとは聞いてないので!」
やる気満々で竹刀を握りなおす千鶴を見て、藤堂が笑った。
「一本取るってだけなら、なにしたっていいってわけだな?面白ぇ、じゃあ隠れて隙を狙うってのはどうよ」
いらん知恵をつけやがって。みろ、千鶴がその気になって隠れ場所を探し始めたじゃないか。
「いや、俺は隠れ鬼をしに来たわけじゃ…」
止めようとして言った俺に、藤堂が嬉しそうに輝く笑顔を向けてきた。
「隠れ鬼!そりゃいいや、やろやろ!」
「えっ」
そんな、きらきらした顔で喜ばれても困るんだが。
どうしようかと思っていたら、社の入り口のほうから声がかかった。
「隠れ鬼か。いいねぇ、久しぶりだ」
「ガキんとき以来だなぁ」
「…………なにをしているかと思えば……」
振り向けば、見知った顔が三つ。
原田と、永倉と、斎藤。
「あれぇ?なんでみんな来たの」
不思議そうな藤堂の肩を、永倉がばしばし叩いた。
「二人で弁当持って出掛けたっつうからよ、様子を見に来たんだよ!」
「そうだ。平助が千鶴に不埒な真似をせぬよう、監視に来た」
斎藤が横で頷くと、原田がにやにや笑った。
「違うだろ斎藤。おまえ、平助が抜け駆けしたと思って焦ったんだろがよ」
「別に、そんなことは」
目を逸らす斎藤の頬が赤い。まさかこいつ、千鶴を狙っているのか。油断も隙もない奴だ。
そんな三人に、藤堂が経緯を説明した。千鶴が沖田に負けたのはみんな見ていたらしく、それぞれが納得顔で頷いてみせる。
「隠れ鬼は人数多いほうがいいしな。よーしみんな、隠れるぞ!」
元気のいい藤堂の声に、みんながてんでに散らばっていく。
「おい、待て。誰もそんな遊びをするとは言ってないし、だいたい隠れ鬼は最初に鬼を決めるものなんじゃないのか」
「え?」
永倉が振り向いて、当然みたいな顔で俺を見る。
「鬼なら本物がいるじゃねぇか」
「な、……………」
反論する暇もなく、周囲には誰もいなくなった。
なんでそうなる。どうしてそういう話になったんだ。
やっぱり天霧を連れてくればよかった。あいつも鬼なんだから、あいつに探させておいて俺は千鶴と二人きりでこっそりどこかに。だがその天霧は、俺がすっぽかした会合で俺の代わりに真面目くさって正座して退屈な話を聞いている頃と思われる。
「おーいちーちゃん、早く百数えろよー!」
どこからともなく藤堂の声。
「………ちっ」
俺は仕方なく目を閉じた。
「いーち、にー、ひゃく!」
怒鳴るように言って、目を開ける。「早っ!」とかいう苦情が聞こえるが、無視。こうなったら一刻も早く千鶴を探し出して、さっさと逃げ出すしかない。
茂みをかきわけ、境内の下を覗きこむ。しかし千鶴はもちろん新選組の連中も見つけることができない。
「くそ、どこに行きやがった」
悪態をつきながら、社の裏手にまわる。すると、朽ち果てそうに古びた本堂に槍が一本たてかけてあるのが目に入った。
「………あれは、」
近寄って手にとる。それは確かに原田が愛用している槍だった。
このあたりにいるのか。
本堂の脇の茂みに足を向け、がさがさとかきわける。そうやって原田の無駄にでかい体を探していると、ふいに後ろで砂利を踏む音が聞こえた。
「…………!」
跳躍してその場から飛び去るのと、竹刀の一撃が地を打つのは同時だった。
ばしん、と派手な音がして、竹刀を握る千鶴が悔しげな顔をする。俺がそっちへ手を伸ばそうとすると、千鶴は身をひらりと翻して駆け出したかと思うと本堂の脇をまわって消えた。
「…………………」
手にまだ握ったままの槍を見る。
まさかこれ、囮か?
そこまでやるか、普通。
なんだかじわじわと腹の底から怒りが湧いてくる。これは隠れ鬼ではなく、千鶴に不意討ちをさせるために奴らがしかけた作戦だったのか。
いや、新選組の連中は絶対に楽しんでいた。なれば目的は、隠れ鬼をすることと千鶴の悲願を達成することの両方だろう。
………ていうか。
「千鶴!おい、おまえ姿を見られてるんだから負けだろう!出てこい!」
千鶴が消えたほうに向かって大声で言うと、頭の上のほうから冷静な声が降ってきた。
「いや。見つけても相手に触れねば捕まえたことにはならん。今のはギリギリで千鶴の勝ちだ」
ばっと顔をあげると、社の屋根の上に斎藤の長い髪が揺れて消えるのが見えた。追って屋根に跳んだが、すでにそこには誰もいない。老朽化した屋根が俺の重みでぎしりと嫌な音を立てた。
「………ふ。面白い」
俺はその場に立ち、周囲を見回した。屋根の陰になったところを斎藤が走っていくのが見える。その先を目で追うと、鳥居の側の木の陰から藤堂が顔を出してあたりを窺っているのが見えた。
ぐるりと視線を巡らせる。
本堂から奥へ入った小路の向こうには、隠れきれてない永倉の頭。
さらにそこから少し離れた茂みの中に、隠れているつもりらしい原田のケツがある。
「……………見つけたぞ」
にやりと笑って屋根から飛び降りた。我ながら今の表情は芝居の悪役そのままだろうとは思うが、構う暇はない。奴らが今いる場所から移動する前に、さっさと捕まえなくては。
まずは気配を消して鳥居に近づく。藤堂がいる木陰を大きく迂回し、背後から回り込んでからゆっくりと手を伸ばし。
「…………捕まえた」
ぽん、と肩を叩くと、藤堂はそれこそ腰を抜かしそうに驚いて振り向いた。
「ぎゃああああ!」
その悲鳴に、ちょっと溜飲が下がる気分になる。阿呆め、この俺から逃げられるとでも思ったか。
「やべぇ、平助がやられた!」
「くそ!とにかく移動すんぞ!」
口々に叫ぶように言う声を聞きながら、藤堂に向かってにやりと口端をあげてみせた。
「貴様もたった今から鬼になった。協力しろ」
「ちっ、仕方ねぇ」
肩を竦めて頷いた藤堂を連れて、永倉がいた場所へ移動する。そこはすでにもぬけの殻だったが、地面には奴が描いたと思われる猫かなにかの絵が残っていた。暇だったらしい。
藤堂がその側に落ちていた筆くらいの長さの枝を拾い、俺に差し出す。
「まだあったけぇ。今しがた逃げたばかりのようですぜ、ダンナ」
藤堂はなにになりきっているんだろう。仕方ないとか言ってたわりには嬉々として周囲を見回している。
「む」
「なんだ、なにかあったか」
俺の問いかけに、藤堂は静かに頷いて唇に人差し指をあてた。
「足跡がありやすぜ。奥へ続いてやす」
見ると、地面には真新しい足跡が一人ぶん。
藤堂は忍び足でそれを追っていく。俺は原田が隠れていたほうへと足を向けた。
ほどなくして、永倉の悲鳴が響き渡る。このぶんなら、全員を捕まえるのもそう時間はかかるまい。
そう思ってから、ふと考えた。
さっき屋根から見たときは、千鶴の姿だけ見えなかった。
どこにいるんだろう。
わずかに不安になりながらも、遠くで茂みを揺らしてこそこそと移動する原田に向かって地を蹴った。



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