薄桜鬼

□たとえば、こんな終幕
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嫌な予感はしたんだ。

真冬の風が吹きすさぶ大晦日。掃き掃除をしていた千鶴に、迎えに来たと告げたとき。
一瞬嬉しそうに笑顔になった千鶴は、次の瞬間迷うように瞳を揺らした。

そのときに、なんとなく。
嫌な予感はしたんだ。



すぐには旅立てないと言う千鶴に、まあ仕方がないと頷いた俺は、なかば強引に家の中へと向かった。千鶴の準備ができるまで、そこで待つつもりで。

だが。

「………なんだ、この履き物の数は」
玄関を開けてまず目に飛び込んできたのは、そこに脱ぎ散らかされたいくつもの下駄や草履たち。鼻緒の色も渋いそれらは、大きさから見ても男ものだ。
「気にしないでください」
千鶴は履き物を寄せて俺が草履を脱ぐ場所を作ってくれた。
「気にするなと言われても……」
先にあがってしまった千鶴の背中を追いつつも、履き物たちを振り向いて見る。なんなんだ、玄関で虫干しでもしているのか。

そうして廊下の角を曲がると、次に目についたのは脱ぎ捨てられた綿入れ。しかも、ふたつ。どちらもあからさまに男もの。
「…………それは、おまえのものか?」
違うだろうとは思いながらも、一応聞いてみる。千鶴は綿入れを慣れた様子で拾って抱え、さらに奥へと足を向けた。
「気にしないでください」
いや、気になるだろう普通。ていうか千鶴、なんか早足になってないか。

怪訝な面持ちで、それでも背中を追って奥へ。千鶴はとある襖の前で足を止めた。
家の表側は診療所になっていて、そこを過ぎたこのあたりは多分住居部分だ。廊下の先は水場のようなので、きっとこの襖の向こうが居間なのだろう。
しかし。
千鶴しかいないはずのこの家で、なぜ居間から複数の話し声がするんだろうか。しかも、どれも男の声のようだが。
「…………千鶴。おまえ、まさか男を引っ張り込んでいるんじゃ……」
恐る恐る聞くと、千鶴は強く首を振った。
「変なこと言わないでください!引っ張り込んでるわけじゃありません!」
いや、それ否定のようで否定じゃない気がするんだが。

千鶴が襖に手をかける。
そのときになって、俺は聞こえてくる声のどれにも聞き覚えがあることに気がついた。
「……ちょっと待て」
千鶴を止めようと手を伸ばす。
が、遅かった。
千鶴は襖を一気に引き開けて、踏み込むと同時に大声で怒鳴った。
「もー!廊下に綿入れ脱ぎっぱなしにしたの誰ですか!」
一瞬静まる居間の奥で、ひょいと片手をあげて、
「あ、悪ぃ。俺だ」
そう言ったのは、永倉。
「あーごめん俺も!忘れてた」
その隣で苦笑しながら手を上げたのは藤堂だ。
「脱ぎっぱなしにしないでくださいって言ったじゃないですか!履き物も!玄関すごいことになってましたよ!」
「まぁまぁ、あとでちゃんと片付けるからさ」
ぷんすか怒る千鶴に、宥めるように笑顔を向けたのは原田。それを見て沖田が笑い声をあげる。
「左之さんが片付けとか、嵐が来るからやめてよね」
「なんだよそりゃあ。俺だってたまには片付けくらいするって」
「嘘だぁ、屯所の大掃除も逃げまわってたくせに」
「そう言う平助だって隠れてサボってたじゃねぇか」
「なんだなんだ、真面目なのは俺だけか?」
「新八つぁんが真面目とか、冗談は顔だけにしてくれよなー」
「なんだと平助、もっぺん言ってみろ!」
そしてまた賑やかになる居間。千鶴はため息をついて、俺を振り向いた。
「どうぞ、入ってください。今お茶を持ってきます」
「………………………」

帰りたい。

とか、言っちゃダメなんだろうな。

千鶴のその言葉で俺に気づいた連中が、まるで懐かしい友人に会ったような笑顔を向けてくる。
「ちーちゃんじゃない。久しぶりー」
「おお、おめーも生きてたのか!」
「うわ、久しぶり!元気だった?」
たちまち群がってきた連中に引っ張り込まれた俺は、部屋の真ん中に座らされてしまった。あれからどうしたとか、千鶴とはなにか進展があったかとか、他の鬼たちは元気なのかとか。降ってくる質問が多すぎて曖昧に頷くしかできない。千鶴はその間に部屋から出て行ってしまった。

ひとしきり質問攻めにあって落ち着いてから、俺はゆっくりとまわりを見回した。沖田も、原田も永倉も藤堂も、以前とまったく変わらなく見える。違うのは、青い羽織を着ていないというところだけ。
「なぜ、ここにいる?」
ようやくで疑問を口にした俺に、原田が肩を竦めてみせた。
「ま、色々あってな」
「結局、皆でここに居候してるんだ」
苦笑した藤堂が、手にした蜜柑を剥きはじめた。

新選組を抜けた原田と永倉は、知り合いを頼って転々としていた。だが時代は変わり、新選組は逆賊として追われる立場。そこの幹部だった二人を歓迎してくれる者はそうそういない。というわけで江戸に戻った二人が行く当てもなく街を歩いていると、蝦夷から帰ってきた千鶴とばったり出会ったというわけらしい。
女一人ということで躊躇った二人だが、安定しない治安のせいで江戸もたいそう物騒になっている。用心棒代わりくらいにはなるか、と居候させてもらうことにしたと永倉が笑った。
そうして診療所を再開した千鶴が、所用で街に出たときに出会ったのが、療養中の沖田だった。原田と永倉がいると聞いた沖田は、千鶴の看病のもとで療養したほうが早くよくなりそうな気がすると言ってついてきたそうだ。
そうして沖田と千鶴が連れだって帰ってくる途中で、会津から新選組とはぐれて行き場を失って戻ってきていた藤堂を見つけた。

「……で、それから、」
原田が話を続けようとしたとき、襖がからりと開き、斎藤が顔を出す。
「飯ができたぞ。ちーちゃん、久しぶりだな。刀は元気か」
「…………………おかげさまでな」
ふ。もう誰が出てきても驚かんぞ俺は。
そのとき反対側の襖が開いた。そこから出てきたのは、
「うわ!」
「薬ができましたよ……って、おや。風間くんじゃないですか。お久しぶりです」
「…………生きてたのか、おまえ………」
くそ。不覚にも驚いてしまった。

会津で瀕死の怪我をした斎藤を連れて、山南も江戸に戻ってきたらしい。廃寺に隠れて看病していたところを千鶴が見つけ、ここへ。

なんか、小さい新選組ができてしまっているような気がする。生死が不明だった奴、みんなここにいるじゃないか。

「風間さん、お茶はごはんのあとでいいですか?」
千鶴が襖から顔を出した。山南がにっこり笑って、そちらへ向けて包みを差し出す。
「雪村くん、とりあえずですが、これ。足らなくなったらまた作りましょう」
「あ!ありがとうございます、助かります!」
両手でそれを受けとる千鶴。それ、なんの薬なんだ。
「風邪薬です。お正月はどこのお医者さんもお休みだから、ここにお薬もらいに来る人が多くて。お薬に関しては私より山南さんのほうが詳しいし、調合もお上手なんですよ」
ああ、風邪薬。なんだ。どうも山南が持っていると、なにか違う怪しい薬に見えてしまって。

やがて斎藤が鍋を抱えてきて、永倉が酒を担いできて、宴会が始まった。こういうところも屯所にいたときと同じだ。逃げ出そうかと思ったが、千鶴が俺の隣にちょこんと座ったのでやめた。

そう。
嫌な予感があれだけしてたんだから、逃げ出せばよかったんだ。
逃げて、また日を改めて千鶴を拐いに来ればよかった。

座り直した俺に、沖田が目を向けてきた。
「それで、ちーちゃんは今日はなにしに来たの?」
「それは、」
「総司、野暮は言いっこなしだぜ!千鶴に会いに来たに決まってんだろ!」
永倉が俺を遮る。それへ沖田が唇を尖らせた。
「でもさ、僕らがここに来てから結構経つけど、ちーちゃん一度も来なかったよね?それなのに今さら、なにしに来たのかと思ったりしない?」
「だからそれは、」
隣の千鶴を意識して、俺はちょっと声を強くした。
「迎える準備を整えて待っていたんだ。隠れ里に移り、祝言の支度もして、あとは千鶴が来るだけなのになかなか来ないから…」
「それじゃダメでしょう」
穏やかな笑顔で山南がダメ出ししてくる。
「待ってるだけじゃダメですよ。女性というものは、押していかないと」
「そうそう」
頷く原田。
「女ってのは押しの強い男にふらっとくるもんだ。待つんじゃなく、かっ拐いに来るくらいじゃねぇと」
「原田くんは押しすぎですけどね」
そんなことはない、いやある、と押し問答が始まる。
言われなくてもわかってる。とくに千鶴は、期待をすれば必ず裏切る女だ。
「だから、迎えにきたんだ」
強めに言いきって、ちらりと隣を見る。千鶴は頬を染め、俯いていた。もじもじと袖をいじる手が可愛くて、思わずにやけそうになるのを無理やり引き締める。
「そういうことだから、正月が明けたら西へ行く。もう決めた。文句は言わせん」
「まじか!そりゃめでたい!」
「雪村くん、おめでとう!」
盛り上がる皆。小さな居間が一気に騒がしくなる。
「………でも、」
そんな中、皆を見ていた千鶴が、俯いて小さな声を出した。
「………私、やっぱり行けません。皆がいるし、ここでお仕事もあるし……」
それを聞いて、皆戸惑った顔になる。

千鶴がいなくなれば、ここにいる連中は居場所を無くす。また落ち着ける場所を探さなくてはならなくなる。千鶴はそれがわかっているから、俺についてくるのを躊躇っている。

「俺たちのことなら、気にしなくていいから」
「そうそう、どうにでもなるさ」
「なんだったら僕の病気を皆にうつして、全員一緒に療養所に行くっていう手も…」
「やめろ総司。おまえが言うと冗談に聞こえん」
皆は口々に大丈夫だと言って笑って見せたが、千鶴は俯いたまま。
新選組はいまだおたずね者のようなものだ。皆が落ち着いて暮らせる場所は、そう簡単には見つからないだろう。

俯いた千鶴のつむじを見つめ、しばし考えたのち。

俺はその場にいる連中を見回した。
「おまえたちも、旅支度をしろ。引っ越しだ」
「ええ!?」
「俺たちもかよ!」
「まじで!?」
驚きの声をあげる新選組。千鶴も顔をあげて、目を真ん丸にして俺を見ている。
「我が妻が世話になったのだから、礼をするのは当然だ。全員まとめて里へ招待する」
「………いいのかよ」
心配そうな永倉に、大丈夫だと頷いてみせる。
確かに、ようやく落ち着いてきた隠れ里に人間を入れることには、反対する鬼もいるだろう。
だが、千鶴はこいつらと一緒でなければ動きそうにない。せっかく迎えに来たのに連れて帰らなければ意味がないし。

嫌な予感はしてたんだ。
あのとき逃げ出さなかったのは俺。だから、仕方がない。

それに。

結局、俺はこいつらが嫌いじゃないんだ。
認めたくなかったけど、認めないわけにはいかない。
里に戻ったらなにを言われるか、なんて考えてちょっと暗い気分になったりしていても、こいつらを連れて行くと決めたことに後悔なんて全くしていないんだから。



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