薄桜鬼

□たとえば、こんな終幕
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質素だが賑やかな正月が明け、千鶴の家もあらかた片付いた頃。

「忘れものはないか?」
「はい!」
「多分」
「えーと、どうだったかな」
「ちょ、待って。もう一回見てくる」

玄関を閉め、あらためて家を眺める千鶴。
「次にここに帰ってくるのは、風間さんと離婚したときですかね…」
縁起でもないことをしみじみ言って、千鶴は笑顔になった。
「じゃ、行きましょうか」
「待て。今の言葉を撤回してから」
「皆さん、行きましょう!では出発ー!」
「いやいや、待て!俺は離婚なんぞ絶対」
「船に乗るんですよね?時間は大丈夫でしょうか」
すたすた歩き出す千鶴。焦って追う俺に、皆が同情するような目を向ける。
「早くも尻に敷かれてねぇか?」
「千鶴ちゃんて気が強いからねぇ。頑張ってね」
「…………」
なんか、悲しくなってきた。

そんな俺たちを乗せた船は、何事もなく順調に進んだ。予定通りに目的の港に着き、そこからは徒歩で山へ。その後もなんの問題もなく、数日後には里の入り口にたどり着いた。

「なんだよ、隠れ里って言うから、なんか怪しい結界かなんか張ってあるのかと期待しちゃったじゃん」
なんでもない普通の農村風景に、藤堂ががっかりした声を出す。
「隠れ里なんだから、そんな目立つ真似をするわけがなかろう」
呆れて言えば、永倉が頷いて賛同する。
「里の入り口は、やっぱ目立っちゃいけねぇよ。よそもんの興味を引いちまったらやべぇじゃんか」
別にやばいものはなにもないが。
「そうか…表向きは普通にしとかないと、旅人とかが入ってきてくれないもんね」
頷く沖田。表向きってなんだ。
「ふむ。あくまで普通の村を装って、人間を誘い込むわけですね」
山南がしたり顔で村を見渡す。別に装ってないし誘ってないのだが。
「一晩の宿を求めてきた旅人を親切なふりで泊めてやって、寝静まった頃に包丁を研ぐわけだな」
おい原田、ふりってなんだ。そしてなんで包丁なんだ。
「夜中に目覚めた旅人が覗くと、振り向いて『見ーたーなー』等と言って襲いかかるのか。だが、」
斎藤が真面目な顔で俺を見る。
「見ようが見まいが、包丁を研いでる時点で襲うことは確定だろう。なぜそこで見られたことを気にするのだろうか」
俺が知るか。

ちょっと、言っておかねばなるまい。
俺は皆に向き直った。鬼婆についての議論が白熱化しようとしていた連中が、いっせいにこっちを見る。
「おまえたち、誤解があるようだから言っておくが。鬼といえど、飯を食って寝て、仕事をする。基本的に、人間と変わらんぞ」
「えっ!」
沖田が衝撃を受けたという顔をした。
「主食が人間の脳味噌とかじゃなく?」
食うかそんなもん。
「首飾りが頭蓋骨とかじゃないの?」
自分の頭と同じ大きさのものを、首になんぞ飾ってられるか。
「夜になると死肉を漁るために墓地を掘り返したりとか…」
するかそんなこと。腐った肉なんか食ったら腹を壊すに決まってるし、だいたい夜中の墓地なんて怖いじゃないか。
「………なんてことだ…………」
沖田は地に膝から崩れ落ちた。拳を握り、地面に叩きつける。
「鬼の里に行けば、そういう楽しいものが見れると思っていたのに………!」

そういうものが楽しいと思うのは、世界でおまえだけだ。

「とにかく、行くぞ。文を出しておいたから、準備ができているはずだ」
「準備ってなんだ?宴会か?」
永倉の頭の中には、酒しかないらしい。
「それもあるだろう。なにしろ、俺が嫁を連れて帰って来たんだからな」
祝いの宴くらいは開かれるはずだと言えば、皆が歓声をあげる側で、赤くなって俯く千鶴。

可愛い。

今日このまま祝言とか、どうだろう。誰か気を利かせて神主呼んできてないだろうか。
…………無理だろうな。
なぜなら、俺が『数人オマケを連れて帰る』とか文に書いたからな。オマケの住む場所とか用意するのに忙しくて、それどころじゃなかっただろうからな。

そんなこと考えながら歩いているうちに、向こうの山の中腹にある俺の家が見えてきた。
「え、あれがちーちゃんち?」
「でっけぇなぁ」
「立派なお宅ですね」
「古い刀とか、たくさんありそうだな」
皆が素直に感嘆の声をあげる。
ていうか斉藤、おまえ本当に刀にしか興味がないんだな。感心したぞ。
「ちーちゃんて、偉かったんだなぁ」
しみじみ呟く藤堂。
「頭領だと言ったはずだが」
「そういや言ってたね、そんなこと」
簡単に忘れないでくれ。

家に向かって歩きながら、隣にいる千鶴を見た。大きな瞳をさらに大きくして、家を眺めている。
「気にいったか」
不安になって聞くと、千鶴がこっちを見た。
「……想像してたより、ずっと大きくてびっくりしました」
「あれが、今日からおまえの家だ」
「……………私の、…………」
実感がないと言いたげに、千鶴は呆然として家と俺を交互に見る。
「………いいんでしょうか……?」
戸惑う千鶴に、頷いてみせる。いいもなにも、あれはおまえのために用意した家なんだ。住んでくれなきゃ困る。
「でも、あんな大きなお家……お掃除が大変そうです」
どうやら千鶴も、俺が頭領だということを忘れているようだ。何度も言った気がするんだが、なんで覚えてくれないんだろう。
「すいません。興味がなくて忘れてました」
泣きたくなってきた。

近くまで来ると、門の前に出迎えの連中がいるのが見えた。
使用人たちや、里に住む皆、それに天霧、不知火も。……不知火?
「おかえりー!待ってたぜ!」
にこやかに手を振って迎えた不知火に、一歩近づく。
「なんでいるんだ貴様」
「なんでって。ここ鬼の里だろ?俺、鬼だし」
「貴様の里はここじゃないだろう。さっさと帰れ、今なら見逃してやる」
「おまえ、どんだけ俺のこと嫌いなんだよ」
眉を寄せた不知火は、まぁいいやと肩を竦めた。
「おまえじゃなくて、後ろの連中を待ってたんだよ」
なるほど、と頷いた。不知火もこの連中を気にいっていたし、来ると知れば歓迎の宴に参加したくなるのもわかる気がする。

するんだけど。

貴様、なぜ新選組を素通りして千鶴の手を握っているんだ。

「久しぶりだなー、相変わらず可愛いね。俺のこと覚えてる?」

ノリが軽い。どこの軟派野郎なんだ貴様。ふっふっふ、戦が終わって気が抜けたようだな。背中が隙だらけだぞ。




俺に斬られた不知火が転がる玄関脇をよけ、皆と中へ入った。
「急に人数が増えたなんて言うから、用意が間に合わなくて」
天霧が恐縮しながら案内に立つ。
「なにか足りないものがあれば言ってください。とりあえずは大丈夫かと思いますが」
広間を抜け、座敷を横切り、広縁を通る。外から見るよりずっと広い邸内の様子に、原田が苦笑して言った。
「迷子になりそうだな」
「お城みたいですねぇ」
それに応えて山南が言うと、永倉が笑った。

「そりゃあ、ちーちゃんと千鶴の城だ。広くて当然じゃねーか、なにしろ今から嫌というほど増えるんだから」

生まれたら世話を手伝ってやるよ、と兄貴面をする永倉に、千鶴がまた赤くなる。




それから奥へと進む先に見えた、中庭の桜。
目ざとく見つけた沖田が、花見をしようと言った。

春がきたら、きっときれいだよ。

そう言って笑顔になる沖田の目には、違うものが映っているのだろう。





ここにいない仲間。過去になってしまった、新選組。

青い羽織を着た土方や近藤、そして俺の知らない隊士たちが、そこにいるような気がして。

皆はしばらく、咲いてもいない桜を見つめていた。







季節が巡り、時代が変わっても、こいつらはきっと忘れないだろう。
共に生き、共に闘った、あの日々を。
共に笑い、共に泣いた仲間たちを。





そうして死ぬまで、こいつらは新選組と共にあるのだろう。

時の果てで再び出逢う、その日まで。











………俺の言ったことは、すぐ忘れるくせにな。






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