薄桜鬼

□理由なんて、ない。
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私は、生まれてこのかた、男の人にモテたことは一度もない。

京都ではずっと男装しているから、それも理由のひとつだろう。でも、江戸にいたときは普通に女の格好をしていたのに、それでもモテたことはなかった。女友達はみんなお付き合いしている人がいたりお見合いして結婚したりしていたけど私はそういう話には縁がないというか。町を歩いていても男の人たちはいつも私を通りすぎて一緒にいるお友達を見つめていたりして。

とにかくそういう感じで、今まで誰かに声をかけられたりお付き合いを申し込まれたりとか、そんなことはまったくなかった。

なのに、いきなり。

『共に来い』

『我が妻になれ』

そんなこと言われたって、信じられるわけがない。


「女の鬼?いるわよ、普通に」
甘味屋さんでお汁粉を頬張りながら、お千ちゃんが言う。
「やだな、女鬼がそんなに少なかったらあたしたち絶滅寸前じゃない」
あはは、と笑っておかわりを頼むお千ちゃんを見つめて、やっぱりと思う。
風間さんは、私が女鬼だから連れて行くと言った。女鬼は貴重だからって。それを聞いたときは鬼の一族に女はいないのかと思ったんだけど、あとからお千ちゃんや君菊さんと会って、別にいないわけじゃないんだってわかって。
「じゃあ、純血の女鬼っていうのは?」
「もちろんいるわよ。まぁ、昔に比べれば減ってるかもしれないけど…でもそれは男鬼も同じだしね」
時代の流れってもんでしょ?と、気にした様子もなくお千ちゃんはお汁粉を平らげていく。私の付き添いで来てくれた原田さんが、それを見て眉を寄せた。
「……見てるだけで胸焼けしそうだぜ……」
「あら、女の子ならこれくらい普通よ。でしょ?千鶴ちゃん」
「…………そう、かな」
私、まだ一杯目を半分も食べてないんだけど。

お汁粉を五杯食べたお千ちゃんは、満足した様子で帰っていった。
それを見送ってから、屯所へと続く道を原田さんと二人で歩き始める。
「あいつに話って、女鬼のことだったのか?」
「………そう、というか違うというか……」
曖昧な私に原田さんが怪訝な顔をする。

純血の女鬼が貴重な存在ではないなら、家柄が貴重なのだろうか。けれどそれにもお千ちゃんは首を振った。
雪村家や風間家ほどではなくても、日本各地にははるか昔から名の通った一族はたくさんある。どれも雪村家にひけをとらない家柄だし、娘がいる家もいくつもあるという。

だったら、なぜ。

「……もうこれは、本人に聞いてみるしかないです」
決意をこめてそう言うと、原田さんが苦笑した。



それから幾日もたたない、真夜中。
にわかに騒がしくなった庭の気配に、目的の人物の来訪を悟った。

「なんだ、今夜はずいぶんのんきな出迎えだな」
挑発的な笑みを浮かべた風間さんが、刀の柄に手をかけながら言う。
けれど、まわりを囲んだ幹部のみんなは武器を手にしたまま構えを取ろうとはしない。
「おまえに用事があんだよ。呼び出す手間が省けて助かったぜ」
にやにやして言う永倉さんに、風間さんは怪訝な顔をした。
「用事?」
「そー。とにかく、おとなしくしててもらおうか。変な真似したら即座に斬るからな」
言いながらも抜刀する気配のない平助くん。風間さんはますます不思議そうな顔になる。
「なんの用だ?」
問われて、原田さんが私を見た。
「……あの、風間さん」
廊下から庭に降りて、風間さんの前に立つ。意外な成り行きに驚いた様子の風間さんは、私とみんなを交互に見た。
「……なにかの罠か?」
「違います!私、聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「はい!」

いつのまにか、庭に立っているのは私たちだけになっていた。幹部のみんなは廊下に腰を下ろし、興味津々で傍観を決め込んでいる。土方さんだけが不満そうに刀を握ったまま風間さんを睨んでいた。

「………答えられることなら答えてやろう。言ってみろ」
周囲の様子にため息をついた風間さんは、刀にかけていた手を下ろした。今夜は戦闘は無しと判断したらしい。
「はい。では、聞きますけど」
私は、胸の前で両手をぎゅっと握った。

「風間さんは、なぜ私を連れて行こうとするのですか?」

「言っただろう。女鬼は貴重だからだ。特におまえのような純血の鬼は、」

「お千ちゃんに聞きましたけど、女の鬼は少ないわけじゃないんですよね?それに、純血の鬼だって普通にいるって…」

「…………千姫か……余計なことを」

風間さんが私から目を逸らす。私はそっちへ回りこんで紅い瞳を見つめた。

「家柄のいい、純血の女鬼は他にも何人もいるって聞きました。なのに、どうして私のところに来るんですか?」

「………………」

また風間さんが目を逸らす。私がそっちへ回りこむ。

「あの。はっきり言って、私なんて鬼だってことも知らなかったし。なにか特別な力があるわけでもないし。鬼の中で、権力があるとかそういうのも全然だし。なぜ風間さんが私に拘るのか、わからないんです」

「……………………」

眉を寄せ、私を睨む風間さん。

………そんな目したって、怯まないもん。

「もしかして、私のことで私がまだ知らないなにかがあるのかと思って……、あるなら教えてください!」

「……………………」

黙ったままの風間さん。
廊下に座りこんだみんなから、なぜか笑い声が聞こえてくる。

「千鶴ー、察してやれよ可哀想だろー?」
「ていうか風間くん、ちゃんと言葉にしてあげないと、千鶴ちゃん鈍いんだからわかんないよー?」
「風間ぁ、言っちまえ!男だろ!」

野次馬の声に、風間さんはまた目を逸らす。

「風間さん?あの…私、なにを聞いても大丈夫です。覚悟はできてますから、だから」

「…………おまえという女は、」

私の言葉を遮るように、風間さんはそっぽを向いたまま呟いた。

「……え?なんですか?」

「………おまえはどこまで鈍いんだ、と言ったんだ」

「………鈍い?」

どういう意味ですか。
そう聞こうとして、気がついた。

風間さん、耳まで真っ赤だ。

「………えーと。か、風間さん?今のは……」

驚く私を振り返って、赤い顔のまま睨んで。

「池田屋で、会っただろう」

「え?あ、はい」

「あのときに、…………」

言いかけて、また黙る風間さん。

それから身を翻して、塀のほうへと早足で行ってしまう。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

慌てて追った私を、風間さんは振り向かない。

「…………………………………………一目惚れ、だ」

「……………へ」

小さな小さな声。

けれど、はっきりそう聞こえた。

「…………帰る」

「あ!あの……」

止める暇もなく、風間さんの姿は塀の向こうに消えてしまった。

幹部のみんなが部屋へと戻っていく。

私は動けないまま、庭にぼんやり立っていた。

「千鶴、風邪ひくぞ」
原田さんが肩を叩く。
「………はぁ………」
頷いてみたけれど、足が動かない。

一目惚れって。

本当に、私に?

信じられない。

「………だって……私なんて美人じゃないし、可愛くもないし、女らしくもないし………」

好きになってもらえる要素が見つからない。

なのに、なぜ。

「………みなさんは、知ってたんですか?風間さんの気持ち……」
「あー、まぁ……推測だけどな」
原田さんはくすくす笑った。
「鬼だからとか血がどうのとか、もっともらしい理屈並べるあたり怪しいなーって思ってた」
「……………」

思ってたんなら、言ってくれたらよかったのに。



人生で初めて、一目惚れされてしまった。

けど、なんだか素直に喜べない。あの状況で一目惚れするって、風間さんてどういう人なんだろう。



それからも風間さんは時々屯所に来たけれど。

しばらくは、目を合わせてくれなくて。

私も、なんだか顔が見れなくて。

妙にぎこちない雰囲気に、新選組のみんなが呆れた顔をしていた。



終,


……締まらない話になっちゃった。
なにが書きたかったんだか。

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