JOJO長編

□第五章、ニガツフツカ
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38,いなくなる






起きるとまず、抱きしめられている事を認知した。

(く、苦しいっ......)
がっちりと回された腕が逃れようとするシトの呼吸を阻害する。ヘタに動けばまた力が付加される。
意識を後ろに向ければDIOからは寝息を立てる音が聞こえる。彼はまだ眠っているようだ。
なんとか足を使ってシーツを滑るように拘束から抜け出せば一気に呼吸器を捉えていた圧迫感から解放されて朝でも真っ暗な部屋に ほぅっ と寝起きの息が漏れた。
ベットから降りて振り向くとやはりそこにはDIOの寝顔があって。
閉じられた瞼の上に少しクセの入った前髪の一房が落ちていて寝顔というだけなのに危険な麗しさが漂っている。
ここでその高い鼻の先をイタズラに
つついて遊ぼうものならばすぐに彼の意識は覚醒し差し伸べた手を掴まれ、ベットの中へ引き込まれるのだろう。そうしたくもあるが、今はしない。今日、シトには来客がある為だ。
(今は何時だろ)
そんな事を思いながら暗闇に慣れた目で用意された服を着て、部屋を出て二階へ降りる。
髪を梳かそうかと思ったところで、

「ギュルァアッー!」

通り過ぎた窓から猛々しい鳥類か何かの鳴き声を聞きつけて廊下を止まりそっちを見る。
「......なんだ、ペットショップか」
随分ご立腹の様子である。安堵したシトに向かって「なんだ、じゃねーよ!」とギャンギャン翼を羽ばたかせて鳴き散らかした。何度も叩きつけてくる翼が意外にも力強く痛い。
「痛い痛い!どうしたのもうっ!」
「ギュァア!」
腕をがっしりとした足で掴まれたと思えば窓際に連れて行かれる。カーテンはそこだけ開けられているので当然、日光の下に窓から出たシトの上半身が晒される。
眩しい!と顔を顰めて光源を探せば日はずっと高くに昇っている。
(え?)
体感時間では"朝"だったはずなのに.......太陽が高すぎる。世間は完全に"昼"である。
「ギャアァアー!」
耳元でペットショップがまた怒鳴る。漸くこの気性の理由も掴めてきた。シトは毎日、ペットショップにご飯をあげる役割をかって出ている。シトがいない日などは執事のテレンスが代わりにご飯をあげているが今日はまだそのご飯に出されるトレーが見当たらない。この様子だと朝も食べられなかったのだろうか?
「うわぁぁごめんねペットショップ!」
「ギューン!」
「ひぇ!ちょっとバサバサするの止めてってばッ!」
早く持って来い!と顔に翼が叩きつけられる。
急いで廊下に上半身を引っ込めるとお昼になっているであろうキッチンに走った。

_バタン!

「ご飯!」
「おや、おはようございます。随分遅い起床ですねシト様」
「あ......ぉ、おはよう...ございますテレンスさん......っ」
慌ただしく考えていたせいか朝の挨拶なんかより要件を最短まで簡略化した第一声をキッチンに響かせてしまった。なんと恥ずかしい。シトはあたふたと紅くなりながらしどろもどろな挨拶を執事に返した。
「ペットショップのご飯ですね?丁度用意した所なんです。シト様の手であげてもらえますか?」
「あ、はいどうも......」
ポンと上質な肉片の乗ったトレーが手渡される。
「そういえば、シト様に話したい事があるとかでアトラス様が来ておりますよ?」
「あ!」
朝(いや、正確にはお昼?)の惨事ですっかり頭から飛んで忘れていた。起きた理由は正に"それ"なのだ。
「それで姉さんはどこに?」
「"礼拝堂の方で"先程お見受けしましたが、」
「ありがとうテレンスさん!」
返答を聞くなりシトは駆け出して再びペットショップのいる窓辺に着くとトレーを差し出す。
「ごめんね」
申し訳なさそうに鳥に向かって頭を下げればフン!と鳥らしくもない息を吐いてからゆっくりとトレーの肉を食べ始めた。背中を撫でてみたがつつかれる事はなかった。どうやら許してもらえたようだ。
ホッとしたのも束の間、すぐにアトラスの事を思い浮かべて彼女は礼拝堂の方へ走った。


「随分とお寝坊さんじゃないの。このアトラスを待たせるなんてね」

礼拝堂に着くと彼女はギャラリーの一番前、太陽の光がステンドグラスから射し込む席の背もたれに座って足を組んでいた。少し高圧的な印象を彼女の行動はDIOに似ているようにも思う。それを言えば彼女は当然、怒るだろうが。
「ごめんなさい」
「他に言う事は?」
「待っていてくれてありがとう」
声を潜めて礼を述べれば彼女を取り巻いていた雰囲気が柔らかいものへ変わる。
「フフフ、よく出来ました♪いいのよ気にしなくたって。男はごめんだけど女を待つのは嫌いじゃないの私。なんとなく共感出来るところがあるからかしらね」
だからこれで終わりにします、そう言った唇が光の中で弧を描いた。
それに頷いてから通路を挟んだ席の背もたれにシトもひょっこりと座り、ステンドグラスの光に背を向けた。
「で、何なの?急に呼び出したりなんかして」
「うん、その事なんだけど......」
言い淀むと座った膝の上で両の手の指を絡ませてほんの数秒ばかり逡巡する。少しだけ悲しそうに俯いた風な顔にアトラスは首を傾げてシトの顔を覗き見た。
「なんかあったの?"帝王様"と」
「いいや、そうじゃないんだ......でも話っていうのはDIOについての事だよ」
「......ま、想像ついていたけど」
呆れたようにため息を付くとアトラスは足を組み替えて天井を仰いだ。
_アトラスは昨夜、シトより「話したい事がある」と電話をされ、ここに立っていた。電話で伝えればいいではないか、とも思ったものの、直接会う事に重点を置いているのだろう、電話越しの彼女の雰囲気はやや緊迫したものを纏っていた。
「察しが早くて助かります」
シトは申し訳なさそうにしながらも嬉しそうに肩を竦めて笑う。
「じゃあもったいぶらないで話してみせてよ」
「うん、でも約束して」
「?」
「出来れば......話の途中で出て行ったりしないで聞いてほしいんだ」
何をそれ程まで大事な用事を抱えているのだ?生まれた疑問は敢えて口に出さずに再び唇は弧を描いて見せた。
「はいはい。このアトラスは約束しますよ。シト殿」
「ありがとう。あのね?___、」
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