krk短編

□愛を告ぐため僕は声を大にして、
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とある企業の今年のクリスマス商戦のイメージモデルに抜擢された彼の指先が掲げるのは、小さなリング。
毎年代わり映えのしないキャッチコピーが霞んでしまうくらいに彼は輝いている。

駅前の喧騒のなか、そこは一際華やいでいた。



「ねぇ見て!キセリョ!ポスターになってるよ」

「あの雑誌でも表紙やってたよね。いいなぁ、こんな彼氏ほしいなぁ」



友達同士なのか、ビルの壁にでかでかと貼られたキセリョを見てはしゃぐ女性。睫毛長いよねとか、あのクイズ番組にも出てたよね、おばかなとこも可愛いとかなんとか。


彼、黄瀬涼太がモデルからマルチタレントに転身してから、もう随分と時が経った。うら若く見目美しく、熱愛など報じられたことのないプラスイメージもあってか、モデル時代よりもブレイクしている。
わたしだって彼の出演しているテレビ番組は欠かさず録画しているし、少しでも記事になっている雑誌は購入していたりするのだ。


だからこういうとき、わたしだって彼のことをよく知っているのだと対抗心を燃やせばいいのか、可愛らしく焼きもちをやけばいいのか、未だに判断に困ってしまう。



――でも、どんな人混みでだって彼を見つけられるのは、むかしもいまも変わらない。



「……涼ちゃん、何してるの」



こっそりと、彼にだけ聞こえるように呟いてみる。

ニット帽を目深に被った涼ちゃんは弾かれたように顔を上げた。



「おなまえ!」



口元はマスクが隠してしまっているけれど、ぱぁっと嬉しそうな笑顔を浮かべた涼ちゃんは、そう言うが早いか腰かけていた小高い植え込みから立ち上がった。帽子からは蜂蜜色の髪がちらちらと見え隠れしている。
顔をほとんど隠してしまっているのに、またかっこよくなったとはっきり解る。こうして彼を真正面から見上げるのはいつぶりか。


身長も高いものだから周りの目を引くけど、まさか眼前のポスターその本人がここにいるなんて誰も思っていないだろう。チラリと盗み見ただけでほとんどのひとが過ぎ去っていく。


涼ちゃんはむかしとちっとも変わらない様子で、わたしの歩幅に合わせて歩き出した。



「今日は実家に帰るの?」

「うん。さっき一度帰って、そしたらおなまえママにバッタリ会って。おなまえがこれから帰ってくるって聞いたから、迎えに来たんスよ」

「……メールしてくれたらよかったのに」



涼ちゃんの、ニット帽から覗く耳は赤い。



「でも、今日からここで…… あのポスター解禁って聞いたから、どうせなら驚かせたいなって思ったんスよ」



びっくりした?なんて、悪戯っぽく目を細める涼ちゃん。小さい頃、ちょっとした悪戯をママに仕掛けたときと同じよう。あのときはふたりでクスクス笑いながら、わたしの部屋のクローゼットに隠れたっけ。


涼ちゃんは耳にかけたマスクをとって、ジャケットのコートに突っ込んだ。薄く開いた唇から真っ白な吐息が漏れ、外気に溶けていく。
駅の裏通りに入ったとはいえ人目はあるのにいいのだろうか、なんて思っているわたしの思考を読んだように、涼ちゃんはまた歯を見せて笑った。



「大丈夫っスよ」



いままで只の一度もスキャンダルを起こさなかったくせして、無防備な気がするのはわたしだけかな。



「……あのポスター、かっこよかったね。いつものグラビアとはまた違った雰囲気で」

「ほんとっスか!?うわぁ、おなまえに言われると嬉しいなぁ」


涼ちゃんの晒け出された口許から、真っ白な歯が顔を覗かせた。

その言葉は、幼いころから……それこそ物心ついたときには隣にいるのが当然だった“わたし”に向けられているんだろう。それを実感した胸がキシリと音をたてたけれど、知らんぷりをして、もう一度だけ「かっこよかったよ」と告げる。涼ちゃんもまたはにかんで、マフラーに鼻先を埋めた。


駅の裏通りは案外暗いもので、黒にうんと近い濃紺の絵の具をぶちまけた様な夜空に、ポツリぽつりと星が浮かんでるのがよく見えた。
街頭が所々に立ってはいるがあまり多くない。星空は地上のイルミネーションとは全く違う趣がある。

ちらりと涼ちゃんを見上げれば、彼もまた、空を仰いでいた。

隣に涼ちゃんがいて、同じように星空を眺めている。
その安心感だけを噛み締めて、彼がすきだと溢れ出しそうな心を、肺一杯に吸い込んだ冷気で何とか鎮める。

わざわざ迎えに来てくれるとか、然り気無く車道側を歩いてくれるとか、テレビや雑誌では見せない優しい笑顔を向けてくれる、とか。
勘違いをしてしまいそうになる。



「……おなまえっ」



涼ちゃんの声にはっとした。力強く腕を引かれる。
気づけば足元には段差があって、危うくそれに躓くところだった。



「あ、ありがと、涼ちゃん……」



「ホント、おなまえはそそっかしいんスから」なんて、返事がくると思った。ふたりで笑いあう、あったかい空気になるんだと思った。

でもそれは唐突で、涼ちゃんは真剣な切ない瞳で、わたしを見下ろしていた。



「……涼、ちゃん……?」



困惑、疑問、焦燥。
涼ちゃんの真摯な眼がわたしから離れることはなく、わたしはじっと、涼ちゃんを見つめ返すしかできない。
いくら幼い頃からいっしょにいたって、わたしは涼ちゃんじゃないし、涼ちゃんはわたしじゃない。涼ちゃんがいま何を考えてるのか、わたしには解らない。


涼ちゃんは一瞬だけわたしから目を反らし、逡巡する素振りを見せた。


大きな手が、硬直したままのわたしの手を包む。
もう片方の手がわたしの頬に添えられる。
涼ちゃんが、身を屈ませる。
距離が近づく。


涼ちゃんの唇がわたしの唇に触れそうになった、そのとき。
背後から不穏な、音がした。



「す、とっぷ」



寸でのところで涼ちゃんに制止をかけたわたしは、大きく息を吐き出した。


心臓はばくばく言っているし、涼ちゃんに握られた手は微かに震えているし、頭は混乱している。でも、指先が震えているのはきっと、涼ちゃんのせいであって、そうじゃない。


焦点が危うくなる距離にまで近づいた涼ちゃんは少し不満げに、そして嫌だった?とでも問うている顔でわたしを見ていた。

ちがう、嫌かと聞かれたら違うけれど、そうじゃなくて、どうして涼ちゃん、いま、わたしに、とか、なに考えてるのとか、いやそれもだけど、その前に。



「……涼ちゃん、うしろ。カメラ持った……ひと……………」



唇も、声まで震えてしまったのは、冬のせいだ。きっとそうだ。



涼ちゃんはわたしの言葉にちらりと目線をそちらへ投げやったけど、すぐにまた、わたしの眼をじっと見つめてきた。
添えられていた冷たい手が頬から離れてゆく。スラリと長い人差し指がわたしの口許に立てられた。



「……ごめんね、つけられてたんスよ。実は」



何に?なんて、訊かなくったってわかる。あの、涼ちゃんの後ろ――数十mくらいのところ。電柱に隠れているつもりらしい、カメラを構えた黒い影。
涼ちゃんの言いぐさからして、所謂パパラッチとか、そういった類いのひとだと断定して間違いないのだろう。


それを脳がはっきりと理解した途端にわたしの背がすぅっと冷えた。



「涼ちゃ、なにして…!はなして、写真とられちゃ、」



距離をとろうとしているのに、涼ちゃんはわたしを離さない。
蜂蜜色の双眸も、わたしから離れない。離してくれない。まるで枷のようにわたしの言葉を封じたそれは、一度緩慢に瞬きをした。


「ごめんね」そう囁いた涼ちゃんの表情は何かに堪え忍んでいるかのように、苦悶の色を強く浮かべている。
細身ながらに逞しい腕が、わたしの背に回った。



「……わたしのはなし、きいてた?」

「もちろん」

「自分がしてること、わかってるの……?」

「ん」


涼ちゃんの背後からバシャパシャと、カメラのシャッターを切る音が響く。それがわたしには、彼がいままで積み上げてきたものを散々と蹴ちらしているようにしか聞こえなくて。涼ちゃんのぬくもりに包まれたからだは心音を速めたまま彼を受け入れているのに、冷めた脳内では瞳に膜張った涙が零れ落ちないよう、我慢するので精一杯だ。


そんなわたしを見かねてか、涼ちゃんは、重そうな口を開いた。



「……ごめんね」

「意味がわからない」

「ごめん」


彼の抱擁に応えないのは、わたしのせめてもの抵抗である。涼ちゃんのこの行動の意味が解らないほど、わたしは子供ではないのだ。



「……ごめんね」



狼狽を含んだ、けれど少し安堵しているような声が耳元を掠める。はぁ、と小さく吐き出された涼ちゃんの吐息が直に耳朶を刺激する。思わずびくりと肩を震わせたわたしの背を、涼ちゃんは優しく撫で続けてくれた。


カシャリ。シャッター音が途切れる。


わたしの視界は涼ちゃんのダッフルコートで埋め尽くされていて、耳には涼ちゃんの微かな吐息しか届かない。
わたしが原因で涼ちゃんのタレント生命が絶たれたらどうしようなんて考えが、ぐるぐるぐるぐる頭の中で回っている。
夢にまで見たしあわせな瞬間を素直に喜べない自分と、彼の世間的な立ち位置が憎たらしかった。


涼ちゃんはわたしの髪を梳きながら、また囁く。



「おなまえ……聞いて?」

「ん……」

「俺ずっと、こうなりたいって、楽になりたいって思ってたっス」

「………………?」

「恋愛NGってわけじゃないけど、俺は職業柄、誰が好きとか簡単に口に出せない」

「…………」

「だからこうやって、俺はおなまえのこと大好きなんだって、ずっとずっと言いたかったんス。……大きな声で、堂々と」



涼ちゃんの震える指がわたしの指をするりと撫でた。
左手の薬指に、無機質な感触。



「好きなひとに『大好き』を言えるのって、すごくしあわせなことっスよね」



互いの指が絡められた手のひらが熱を共有していることさえ、愛しく思える。
涼ちゃんからの『大好き』の言葉ははっきり聞き取れたけど、ぼやけた視界では、彼からの贈り物を認識できなかった。
辛うじて見えるのは、シルバーで線の細い……。



「俺が広告させてもらったブランドの、限定モデル。俺がデザインしたって、知ってたスか?」



わたしは首を横に振る。



「おなまえを想って、おなまえをイメージして作ったんスよ」



ね、おなまえ。
俺の気持ち、



「伝わった?」



そう言ってわたしをより強く引き寄せる涼ちゃんに応えようとしたわたしの気持ちは、全部伝わっただろうか。









愛を告ぐため僕は声を大にして、











翌週。案の定というべきか、女性誌の見出しやニュースを賑わせているのは『キセリョの熱愛発覚』だった。

けれど、当の本人はそれらにとても満足そうにしていて。毎日毎日飽きもせず、涼ちゃんはわたしに告げてくれる。



「おなまえ、大好きっス!」







2014.12.25


恍惚ユートピアさまの 働く×キセキ の企画に参加させて頂きました。

素敵な作品の中にこんなものを提出してしまい震えております(ぷるぷる

参加させて頂けて光栄です。
ありがとうございました!

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