□翻る蝶は暖かく
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*草薙さん夢だけど出没率低いです(´・ω・)








目の前を、赤い蝶が横切った。赤とはいっても、橙や黄や深紅や、何十何百もあるだろう色がくるくるふわふわ混じり合い、融け合い、まるで蜃気楼に絵の具を溶かしたように色も模様も変わっていく。

こんな蝶、はじめて見た。


私が手を差し出すと、その蝶はひらひらと宙を蛇行飛行したあと、人差し指にそっと止まった。
見れば見るほど不思議な蝶だ。それに、とても暖かい。


「……ねぇ、BarHOMRAって、知ってる?」


無意味とはわかっていても、私は蝶に問いかける。

記憶のなかの、幼なじみの影を思い返してみた。私より年上な分、いつも優しく接してくれた彼。蝶のほんのり暖かな温度が、どうしてか彼を連想させた。



そもそも、何年も前に別れを告げられたままだった彼に会いに来たのは、三日前に見た夢が原因だ。

炎のなか立ちすくむ出雲が、涙を流している、夢。
厳密に言えば、出雲の頬にそんなものなかったけれど、心の奥底が泣いているように見えたんだ。くるしい、さみしい、と。

それから二日、私はこの鎮目町内を歩き回っている。BarHOMRAのマスターに会うために。
私がこうしているあいだにも、出雲は……どうしているかな。
……付き合っていた訳でもないのにこんなの、迷惑、かな。


「……いずも」


何年も本人に向かって紡ぐことのできなかった名を囁いてみた。当然、誰にも届くことはない。


ふと、私の肩に誰かの手が置かれた。周囲に注意を払っていなかった私がそれに大袈裟なほど肩をびくつかせてしまったのも、無理はないと思う。


「あ、ごめんね、驚かせちゃったかな」


ぱっと振り返れば、金に近い茶髪の、キレイな男の子。私と同い年……くらいだろうか。人懐こい笑顔を浮かべている。
私の指に止まっていた蝶は、いまは青年の肩に移ろっていた。

その後ろには、ビルに背を預けてタバコを噴かす男性の姿もある。


「きみ、さっきから何か探してるみたいだけど、どうしたの?」


若干の不審感を抱きながら、青年を見上げる。

ふつうこんな路地裏で、こんな風に声をかけるのなんて、きっと怪しいひとしかいないだろう。

でもこの青年は、私を安心させるように、私の目線まで屈んでくれた。絶対に悪いひとではないと確信を持てる何かがあるように、初対面にも関わらず安心できた。


「ひとを…、バーを、探してるんです」

「バー?」

「はい、バー……、BarHOMRA」


ほむら、と口にした途端、青年の後ろの男性が、鋭い視線をこちらを向けた。そのひとの髪は真っ赤で、重力に逆らって立てられている。少しこわい、なんて思ってしまった。


「そっか……、そっか、この辺だもんね」


青年は独り言のように、どこか嬉しそうにそう呟いた。


「……あのぅ……?」


恐るおそる問いかけてみる。青年は泣きそうに微笑んだままだ。
私はこのひとに、どこかで会ったこと、あったっけ?


「……そこに行って、どうすんだ」


いままで無言だった、赤毛の青年が言った。彼の目線も体勢すら、こちらに向けられていない。でもものすごい威圧感だけは届いてくる。

それに突き動かされるようにして応えようと思ったけど、うまく言葉にできなかった。


もう会わない方がいいと言われたのに、会いに行って、何をするの?
出雲がそう言ったんだ、きっと会わない方がいいに決まってる。

でも、……でも。
すきなひとが、出雲が苦しんでるとき、傍に居てあげられないくらいなら、むかしの出雲の言葉にだって背くよ。


突然黙り込んでしまった私を、ふたりは急かさずじっと待ってくれていたらしかった。


「うん……会いに行ってくれるんだね」

「え?」

「ありがとう。あのひとには、きみみたいな子が必要だと思うんだ」


私が首をかしげるより早く、青年の肩にとまっていた蝶が、私の肩に移った。
そしてその蝶からふたりの青年に視線を戻したときにはもう、彼らはいなくなっていた。


「えっ」


慌てて辺りを見回すが、ふたりどころか人影すら見当たらない。
肩に止まる蝶に指を伸ばしたときだった。

蝶ははねを大きく羽ばたかせ、空へ舞った。


「あっ……待って!」


自分でも解らないけれど、私はこのとき、無意識のうちに赤い蝶を追いかけていた。そうしないといけないと、本能が訴えていたんだと、思う。


蝶は両翼を大きく動かし、すいすいと道を進んで行く。まるで道案内をしているみたい。

裏路地を抜けて、大通りを曲がった先。

駆け足で進む途中、さっきの青年の言葉が蘇った。


『あのひとには、きみみたいな子が必要だと思うんだ』


あのひと、なんて、誰のことなのか、私は知らない。










蝶はある建物の前まで来ると、旋回して天高く上っていき、そのまま見えなくなった。


走った距離はそんなになかったはずなのに、心臓があり得ないほど跳ねている。
それは私の目前に、探し求めた建物があるからかもしれなかった。


「……お客さん?」


物腰柔らかな声が立てられた。
この声は。

逸る心臓を抑え、やっと振り向いたその先に、出雲がいた。


「悪いんやけど、まだ店、開けてのうて……」


柔らかい声に、優しげに垂れた眥に、あったかい目。そのどれも、むかしとちっとも変わっていない。ただ、私が最後に会ったときより、幾分か窶れて見えた。


ぶわっと、心の奥底から、苦しいほどの熱が沸き上がる。


「い、ずも」

「え?」


私は力の込められない手のひらで、頭ひとつぶんは高い位置にある、出雲の顔を包んだ。
そういえばもう冬だ。出雲の頬は私の手よりも冷たい。

紫がかったサングラスの向こうに、真ん丸に見開かれた瞳があった。


会いたかった、会いたかったよ。
何年ぶりに出雲に触れられるだろう。


「出雲、私、わかる?」

「……なまえ?」

「うん」

「うそや……だって、おまえ、」


出雲の顔が、くしゃりと歪んだ。


「どうしても会いたくて、来ちゃった」


さあ、何から話そうか。
空白の何年であった沢山のこと?二日この町を探し回ったこと?それとも……さっき出会った、不思議な男のひとたちのことかな。

話したいことに底はない。
でも……いまは、もう少しだけ、このままで。


手のひらをぴったりと出雲の頬に寄せて、私は精一杯、きれいに微笑んで見せた。








忙しなく羽で空を切る蝶が、自身の指に止まった。

男―十束多々良―は、それにひとことご苦労さまと声をかけ、空気に交じらせるようにして消し去った。ひどい疲労感が十束を襲う。


「……相変わらず器用な野郎だ。疲れるんなら、お節介なんてしなけりゃいいのによ」


もうひとりの男、周防尊が空を見上げ、煙草の紫煙を吐き出す。
十束は小さく笑った。


「いやぁ、まさかこうなったあともキングの力が使えるなんて、ねぇ。それに、疲れるなんてことも知らなかった」


どっと、十束が建物の壁に身を寄せる。この力を使ってからだが疲労を覚えるのは、生きていた頃と変わらない。


「……僕がいなくなったあと、草薙さんのこと、心配で堪らなかったんだ。キングや吠舞羅のみんなを、ひとりで支えることになるかもしれないから。そしたらキングまでこっち来ちゃうしさーぁ。草薙さんは草薙さんで、強がったままだし。……でも」


一拍置いて、十束は深く息を吐き、また吸い込んだ。
初冬の空気は冷たい分、肺に入れれば内側から熱を緩和してくれる気がした。


「あの子がいてくれるなら、安心だね」

「は」


肯定とも否定ともとれない言葉を吐いて、周防は踵を巡らせた。指先からするりと地面に落とされたまだ長い煙草が、彼の靴底に踏まれる。

十束は慌てて壁から身を離した。


「あれ、もう行くの?」

「長居できねぇことくらい、おまえだってわかってんだろ」

「まぁね。いまごろ草薙さん……素直になれたかなぁ」

「さぁな」

「自分から突き放した割には、事あるごとにあの子のこと、嬉しそうに話してたよね」

「あー」

「そのくせ会いたいとは言わなくてさ〜」

「んー」

「もー、ちゃんと聞いてよ。キングがヤクザ的裏社会に嫁いだせいで草薙さんはあの子娶るの止めたん、って痛ッ!痛い、痛いよキング!」


周防の大きな手のひらが、十束の頭をわし掴む。みしみしと嫌な音が聞こえてきそうだ。

周防は鼻で笑って手を離した。


そして周防が歩み出した後ろを、十束も辿ってゆく。ふたりはむかしと変わらない様子で、元来た道を戻っていった。


「……またね、草薙さん、なまえさん」


ここからは見えないふたりに向けられた声も、蜃気楼のように外気に溶けて、消えていった。





2013.11.20

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今月の公式とっぷ画を見たら居てもたってもいられなくなって…!
 

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