shooort

□吐きそうなほどに、
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*warning*

無いものづくしな【薔薇】につき、御注意を

































ピックが欠けて、
黒い爪から赤い液体が流れた。
弦が赤く染まって、
空間の熱を更に上昇させる。
弦が弾けて、ぶつりと断裂。
スティックが折れて、
ハイハットがステージに倒れた。
とんだ、不協和音。
アンプから流れる音は
ぐちゃぐちゃに割れて、
心臓を震わす脈にしては速すぎて、
不規則なリズムは
ベースなのかベスドラなのか、
甲高く、でも心地よく耳に響いて、
眩暈を錯覚させるメロディは
ギターなのか叫び声なのか、
解らなくなるほどに
最低で最高に煩い、雑音


その中でも、一際君のギターが
俺の鼓膜を震わせる
君の音は気分を上げさせる、
最高の、媚薬



そんな雑音を後ろから受けて、
前からは興奮状態のオーディエンスの喚声か、罵倒か、俺に同調する歌声が押し寄せる
その上、君の長い指がギターを滑る
どれもこれも俺をハイにさせるには
十分過ぎる、麻薬に酷似した、騒音
今日も暗い空間でマイクを前に
叫び歌う俺は歌姫を騙った



すべてが終われば、
そこはぽっかり口を開ける闇の空間
ステージを照らすライトが
今は虚しさと淋しさを掻き立てて、
歌姫なんかじゃないだろ?
なんて、言われているみたいだった
そんなの、俺がいちばん、解ってる
すごく、哀しかった


なるみ、とコーラスの時には聞かないような
低い声が舞台袖から聞こえた

「らい、」

振り向けば我らがリーダー、
ギター兼コーラス、蕾
本名かどうかなんて、知らないけど、
大切なメンバーだ

「……どうか、した?」
「また、泣いたのか、お前」

目尻を伝う塩分を含む液体が乾き始めていた。
別に、と言い訳を始めようとしても
鳴海は許してくれなくて。
何故って、発声器官を塞がれれば
それは当たり前の話だった。
女の子みたいに柔らかくもない、
男のカサついたくちびる同士をあわせて、
甘咬みもしない、舌も絡めない、
色気も何もない口付けは、
もう数えきれないほどした
ただ重ねるだけなのに、沸き上がってくる背徳感と、
それに伴うぞくぞく快感は、
ライヴでは味わえない、高揚感と麻薬に似た中毒症状をもたらす
他のメンバーが見てるかも、神聖なステージで、アンプの陰で、口付ける俺たちを、
あぁ、そう考えるだけでイっちゃいそ。



いつの間にか離れていて、蕾を見てたら、変な顔をしてた

「らい、どうかした?」
「何処も行くなよ、鳴海」
「は、?」
「なんにも、っつか、今のでコーフンしたのか?」

下、と言われて視線を落とすと、
あらまあ、お元気だこと
妙に気恥ずかしくなって目を伏せていれば、
くつくつ笑う蕾の声


「見んな、ばか
っつか、笑うなよ!せーり現象だろ!」
「っあぁ、わか、って、っけど、」
「〜〜・・・・っ、帰るっ」
「あ、待てよっ」


んだよ、と悪態付きながら振り向くと
蕾が至近距離に立っていて、
腕を引かれると勿論、抱き締められて、
心臓がみるみるバラードからアップテンポに早変わりだ
どくんどくん、と脈打つ鼓動が叫ぶのは、
好きだ!!の一言に尽きているのに、
蕾は、震えながら、俺の耳元で、
俺の大好きな甘ったるい声で、囁いた


「ごめん、なるみ、好きだ」


謝るなんて、卑怯だと思った
俺のほうが、ずっと蕾を想ってたのに、


「ばあか、らい。
俺のが好きに決まってんだろ」







吐きそうなほどに、



甘い甘い毒を吐いた



君のアルペジオが俺の心臓を震わすのなら
俺の声が君の心臓に届きますように
女々しい、なんて嘲笑いながら
君の背中に手を回した






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