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□少年A
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私が貴方にキスするのは理由がある
そう言った少女は俺の上に跨り首に細くて白い指を絡ませていく
狂気的に或いは扇情的に見えるかもしれないが彼女の殺気はホンモノだ
俺には、犯罪者やアブナイ橋を渡ってきた人間には分かる
目の前の少女は俺を確実に殺そうとしている


あなたが殺した2人分の苦しみを、吟味すればいい
彼女は2年前に突然俺の目の前に現れた
出所して2秒、それが俺の人生の最高潮だったのかもしれない
俺は、14年前、人を2人殺した
理由は下らないことだった
今では後悔しているけど、もう、遅い
もう、この少女に囚われてしまったのだ
償うために、なんて生温いもんじゃない
俺はこの少女にじわじわと捕食されているのだ


「ただいま、」

アパートの一室に響いた幼い舌っ足らずな高い声

「おかえり、桜子」

「ただいま、章仁」
ごはん、作るけど何かリクエストある?」

「あー、ちょうどオムライスの材料がそろってた気がする」

「はーい」

料理に取り掛かる彼女
この遣り取りだけだと同棲している彼氏彼女の様だがそんな甘い関係とは程遠い
その証拠に、ほら、オムライスを一口食べた途端に咽喉が痛くなってきた


「っが?!・・・・さく、っこ・・・・ッ何、入れ、たっ!?」

目の前の桜子が、歪んで見える
桜子の作ったオムライスを一口含めば即効性の何かが体中を駆けまわる
これは、夜にお遊びののために使うお楽しみ薬?

「び、・・・・やく・・・ッ?」

にっこりと微笑む桜子は手に持った怪しい色のの液体の入った瓶を手中に収めて弄ぶ

「普通に愉しむなら、服用量は約1目盛り。けれども今回はオムレツに丸々一本つまり15目盛り分入ってる。気分は、どう?」

「くるっしい・・・・!!」

「当たり前でしょ、アンタが苦しむようにしてんのに苦しまなかったら意味ないじゃん」

「ッはぁ・・・、」


遂に力が抜けて椅子から転げ落ちるように床に倒れた
桜子はさも愉しそうに俺を見下ろして、感情を押し殺して、俺に馬乗りになった
そして顔を近づける
唇と唇が触れ合う3センチ手前、息がかかるだけでぞくぞくと脊髄を電気が走るような感覚が俺を襲う


「ねえ、殺さないであげるね」

「さ、くらこ、ぉ・・・・も、殺して」

「い・や、あなたは一生私を背負い込んで生きるんだよ?」

「っは、ツライ、・・・・ッ」

「だろうね。喚くのを眺めたかったんだもん。仕方ないからセックスぐらいなら付き合ってあげるよ?」

「ッ・・・・、お、ねがいっ」


にたりと人の悪い笑みを浮かべて人の服を剥がしにかかる桜子の目には涙が浮かぶ
赤い唇だけが、妙に蠱惑的で俺の性欲を掻きたてるようだった


「さくらこっ、桜子・・・・ッ!!」

俺は桜子を本能赴くままに胸に抱いた
刹那、俺の腹部で瞬く火花と、熱と違うほどの痛み
意識をトばす直前に見えた桜子の涙と笑み、そして手に持つ黒い塊が見えた
あぁ、スタンガンだ

「ごめ、・・・・さく、こ・・・・」

「・・・・ばあか、謝っても赦さない」



夢を、見た
2人の人を、娘を庇う男女を、桜子の両親を殺す時の夢を見た
包丁でめった刺しにした
その時、4歳の桜子は抜かりなく、俺の落とした財布を保持していた
当時、俺は16歳
少年法とやらに守られて世間に名前と顔が晒されることは皆無だった
保護経過も過ぎ少年院を出た瞬間、門の正面で待ち構えていた少女が駆け寄ってきた
俺に妹なんていないから疑問符が頭に飛んだ
その少女は微笑みながら話すが、俺の背中には冷や汗が伝っていた

「わたし、上条院桜子です
赦す気なんて一ミリもないから、覚悟して
2人分の苦しみを、吟味するんだよ」



ふっと意識が浮上すれば見覚えのある天井があった
ああ、桜子にスタンガン喰らわされたんだった
ゆっくりと体を起こせば隣で眠る桜子
自分の右手と絡む桜子の赤い爪をした左手を見て改めて思った
俺はもう、逃げられない
だから桜子、君が好きだ





少年A
俺の名前はもはやない
あるのは君への罪悪感と恋慕の情
憎らしくなるほどに愛おしくなるんだ
かぷり、君の唇に噛みつけば舌がぴりりと痺れた





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