Fragment of SAKURA
□07 発端
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その日、私は着なれないものを着こなしていた。
いつもの紺色の袴ではなく、刀も腰には差していない町人の姿。
まぁ刀は隠し持っているのだけど…ある茶店から、目の前のある店を監視していているところだ。
特に表向きは普通な店なのだが、ここの店主がどうも怪しいらしい。
最近は京で長州の動きが活発になってきていて、新選組も目を光らせて警備をしている中、先日山崎、島田がこの枡屋が怪しいことを突き止め、泳がしているところ。
というわけで、副長が手伝えということで私を派遣し、監視しているわけだが…。
(ん〜、さっきからコソコソとしてるし中の様子…見たいんだけど見えないんだよね〜こっからは)
もう少し近くで…ってなるとやっぱり直接近づくのが1番かな?
山崎にはくれぐれも無理するなと忠告されているが、こういう場面は協力的姿勢をしてないと、気が済まないんです。
行動派なんです私。なんて思いながら、店主と思われる人に話しかける。
『こんにちは、ちっと探し物をしていて…』
「はいよ、何をお探しですかい?」
『旦那様に、お使いを頼まれていてね。どうもどこを探しても同じものがないんです』
なんて、無駄話をひっかけながら、商品を見るふりをしながら、中に視線を向ける。
数名が中で慌てて走り回っているが…何をしているんだろうか、中の様子に耳を傾けていると…
「おい、近くで新選組が騒ぎを起こしてやがる。」
「なんだと!こりゃ警戒したほうがいいな」
新選組という言葉を発した中にいた男達は、すぐさま店主に耳打ちをする。
その様子を気にしないように商品をみていたのだが、だんだん外の様子も騒がしくなってきた。
どこかにいるであろう山崎、島田も事の状況が悪い事を察しているだろうか。
ここは私はどう動くべきだ?
退散した方が良いのか…?それともここに居座る方が良いのか?
頭で必死に考えるが、正直どうしたらいいのかわからないのが事実で、経験不足からなる選択ミスってやつに繋がる気しかしない。
悩んでいるうちに、ちょうど背後で聞き慣れた声が聞こえる。
「やれやれ、何でこうやって騒ぎになるんだろうね」
(沖田さんだ!)
ふと、振り返ると巡察中だったのだろう沖田は、すぐさま抜刀し、騒ぎの渦中へいくところだった。
そんなことよりも驚いたのは、見覚えのある桃色の袴をした者がいたこと。
(なんで千鶴がここにいるんだ?!)
思考回路が一瞬止まったように、目を見開いた。
しかも沖田が離れたら千鶴は無力だ、何をやってんだ逃げろと心から叫ぶ。
「ちょいと、坊ちゃん。物騒なことに巻き込まれんように、中にはいっておいで」
いきなりかけられた店主の声に、私は頷いたと同時に、ある考えが浮かぶ。
『ちょっとあんたも、騒ぎに巻き込まれたら危ない。こっちにおいで。』
私がそう声をかけたのは、後退りして逃げ場を探して近くまできていた千鶴だった。
店主も、そうだと言って千鶴を中に取り込む。
一瞬驚いた千鶴だったか、されるがままに店の中へ足を踏み入れた。
こちらにいれば千鶴は斬られることもないと思って、呼び込んだのだけど、それはあまりに逆効果を生む選択だったようだ。
「…この餓鬼、さっきまで新選組の沖田と一緒に居たぜ!?」
「なんだって、ならば坊主、さてはお前も仲間か!」
中にいた男そう言って千鶴を指差して叫ぶと同時に、状況が一気に悪い方へ傾いた。
既に抜刀している男が千鶴に刃を向けたことで、私は冷静さを失ってしまったようだ。
何も考えずに、心の動くままに隠し持っていた刀を抜刀し、千鶴を背中に回す。
背中で小さな声であなたは?と聞かれたが、答える余裕などなかった。
どこからかため息が聞こえてきたかと思えば、沖田の登場。
「…誰も動かないでね。少しでも動いたら……殺すよ?」
ニヤリと笑いながらの登場は、彼らしいと思った。
戦場となるこの場を楽しみにしていたかのようだ。
「まったく、君って本当に運が悪いよね。…まぁ、ある意味、僕もこいつらもだけど」
こうなったら全員捕縛するしかないよと口にしてから沖田は、千鶴を見て、私を見ると、少し目を細めたが、私と認識すると、頭に手をおかれる。
「秀也君、ちょっと千鶴ちゃん見ていてね」
『御意。』
「え!秀也君!?」
『危ないからちょっと離れるよ。
大丈夫、俺も沖田さんには劣るけど守ってあげれるぐらいの腕はある』
そう言って、千鶴を連れ出す。
それと入れ替わるように新選組隊士達が店に入り込み、誰かの御用改めであるの声によって、事は進んで行った。
これが後に語られる、池田屋事件の発端である。