いち

□Don't keep me waiting.
1ページ/2ページ




気だるい雰囲気。愛し合ってる恋人なら、甘いとかそういう形容詞がつきそうな時間だけど。
そっと俺に抱きついてくる女に、俺は愛情なんか持ち合わせていなくて。

「…会いたかった」

会いたかった?俺に?
あぁ、この人俺のこと好きなんだっけ。

年はいくつだっけ、何の仕事してる人?そんなのもわからないって、俺ってもしかして最低?

もう会うのは何回めかもわからないのに。こうして寝るのも、初めてじゃないのに。

「ありがと、ヌナ」

でも、俺は恋愛したくてあなたと会ってるわけではないので。
わかってるとは思うんだけど。もしちょっとでも期待してるんなら、諦めるかもう会わないかどっちか選ばないと。



あー…いつからこんな悪い男になったのかな、俺って。

マメに連絡して、ときどき会って、でも彼女じゃないし別に愛してなんかない。

してる最中にふと思う。このままこの人を愛せてたら幸せなんじゃないかって。
だって愛のあるセックスってどんなものなのか知らないの、俺。かわいそう。

「また連絡してね」

そう思うのに、この目の前の女性を愛せないのは?Why?

「…うん」

あの人じゃないから?
あぁチェ・ジョンヒョン。馬鹿すぎるでしょ、ちょっと。



いつからこんなことしてたんだろう。
始めこそ、罪悪感とか、相手への申し訳なさもあったのにな。もうすっかり麻痺して、感じなくなってる。
俺が悪い男に見えたって、バチがあたるなんて言われたって。そんなのが、何?
だって、ねぇ、俺よりあの人のほうが、ずーっと罪深いよ。

…俺が一番かわいそうだ。惨めだ。





「あ、ジョンヒョン、お前どこ行ってたんだよ!コーラは?」

「…は?」

「送っただろー!コーラ買ってきてって!」

ユチャンヒョン…頭が痛いのに、きゃんきゃん騒がないで、ちょっと。

「見てなかった」

「あ、待て!靴履いてるうちに行ってきて!ね!」

「…太るぞ」

「お前…っ!なんでそんな機嫌悪いんだよ!」



うるさいのの横を通り抜けると、ソファに長い脚を投げ出してくつろいでるニエリヒョンが見えた。

姿を見るだけで胸が痛む。
そんなもの実感したこともなかった俺に、あぁこういうことかと感じさせてくれたのはヒョンだった。

好きで好きでどうしようもない人。



ヒョンの横に割り込んで座ってみる。視線すら向けてはくれないけど、近づくことを許してくれてる。


「…ヒョン、何してるの」

「ん〜?ゲーム…」

「へぇ、面白い?」

「うん、ジョンヒョンもやってみる?」

「えっ…」

ヒョンがこっちに画面を見せて、答えを伺うみたいに俺の目を見る。こんな、こんな小さな行動ひとつで、馬鹿みたいに俺は舞い上がってしまうのに。

「ミンスヒョンと対戦してるんだけど、すっごく弱いの」

無邪気に笑って、なぜその人の名前を。

その気になればキスだってできる距離で。俺が奪いたくてしかたないその唇で。聞きたくない名前を、なぜ。


「…いいや。ヒョンがやってるの、見せて」

「そう…、よーし、また絶対勝つから見てて」

またヒョンが何も知らずに、俺に体を寄せてくるから。
こうしてそばにいるのが幸せなのに、切なくてつらくて。俺このままじゃ心が千切れそうだよ、ニエリヒョン。


「ねぇ、ヒョン」

「シッ…今いいとこ!あっ、くそー、ミンスヒョン腕あげたな」

ヒョンと話したいことが果てしなく多いのに、いつもできないんだ。
どうしてって、俺に勇気がないのと、ヒョンの気持ちが俺にないことと…あ、悲しくなってきた。

わかってるよ、どうせ、理由を突き止めたってどうしようもないことだし。そんなのわかってるけど。

だけど、ヒョンの匂いがするほど、こんなに近かったら、期待だってしちゃうでしょ…。


「ヒョン…、」

「あ!ほら!勝った!見てた?」

「え、あぁ、…」

「おい〜見てなかっただろジョンヒョナ〜、何考えてたんだよ?」

「…っ、何も、」

やめろって、そんなに顔近づけたら、俺どうなっちゃうかわかってる?

ねぇニエリヒョン。今…キスしたくてたまらない。

どうしてくれるの?許されないのに。叶えられない想いに、俺が苦しむだけなのに。
ほら、あと5センチ近づいたら…。


「…あれ?シャワー浴びたの?」

「は?、あ…ぁ、運動したから…」

「あ〜。また鍛えに行ってたのか、好きだな〜ほんと」

…好き?あんな行為、好きじゃない。

「俺が、」

俺がなにをしてきたか、ヒョンはわかってない。鍛えに行ったんじゃない。ただセックスだけしに行ってたんだよ。
どんな気持ちだったと思う?死ぬほど好きなあんたの代わりに、愛してもない女を抱くのが、どれだけ虚しいかわかる?
声も顔も体も全部ニエリヒョンと違って、全部見たくなくて、意味がなくて。
愛どころか何の感情もない。柔らかさも感じなければ温度すらない。俺にはあんなの、イスに腰振ってるのと一緒なんだよ。
アンダニエル、あんたじゃなきゃ、誰だって同じなんだよ…。

わかってよヒョン…俺もう死にそうだ…。


-
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ