ai no kanzashi

□幸せな家庭
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※夫婦設定。ヒナタが妊婦さんです。下ネタもありです。大丈夫でしたらお進みください。。。














出来上がったばかりの朝食を盆に並べ、新鮮な生野菜にドレッシングをかける。
横には、フライパンで炒めたウインナーソテーと、香ばしく焼き上げたトーストが、二人分。
割と、和食傾倒だと思われたネジは、独り住まいが長かったこともあってか、意外と手軽に出来るパン食でも平気なようだった。
却って白米を好むのはヒナタの方で、今までご飯に味噌汁、焼き魚と、不規則な生活が続く働く夫の為に、一汁三菜のバランスの取れた食事作りを心掛けてきたが、今の身重の体には、そのネジの嗜好が有難い。

「ん……しょっ……と」

ぽってりと膨らんできた腹を庇いながら、手を伸ばして、二人分の箸を台所カウンターから用意する。
箸をセットすると、ヒナタは作り上げた朝餉に、不足がないか確認する。
脇に添えたスープに牛乳に、ネジのコーヒーに…見た目でも伝わる重量感に、少し不安を覚えるも、えいっと力を込め、思い切って盆を持ち上げ……ようと、した。

「ああ、良い。オレが運ぶ」

今までリビングで書類を広げていたネジが、いつの間にかヒナタの後ろにいて、持ち上げようとした盆を、ひょいと掻っ攫う。
腹の膨らんだ今のヒナタには出来ない、俊敏な動きに、為す術もなくヒナタは手を引っ込め、もうスタスタと歩いてリビングにいるネジへと、緩慢に振り返って声を掛ける。

「すみません」

壁を伝い歩くヒナタを認めると、ネジは一旦皿をテーブルに置く手を止めて、椅子を引き、先にヒナタを座らせる。
腹を抱えながら、ゆったりと歩くヒナタを迎えに行くと、手を取ってテーブルに招いた。

「良いんだ。ヒナタ様には、元気な子を産んでもらわなければな」

ちらりとヒナタの腹に目を遣り、そう言って微笑い掛けるネジに、ヒナタもつい頬を緩ませる。
妊娠が分かってからというもの、少し過度なくらいに、ヒナタにだけ優しいこの淡泊な従兄は、殊更優しくなった。
成人を迎えて、めでたく結婚したネジは、多忙を極めていた。
今は休職扱いのヒナタにだって、それは分かる。
細かい活字で埋め尽くされた、小難しそうな書類の束が、ネジによって無造作に脇に片付けられる。
バサリ、と置かれ中身が飛び出した数枚を、ぼうっと眺めていると、それに気付いたネジがヒナタの視線を辿り、書類を流し目する。

「……別に、毎日作らなくても良いんだぞ」

少し、冷めたような言い方に、ヒナタは其方に意識を戻され、皿を置くネジの顔を確かめる。
目の前に、牛乳と、二つあるうちの、幾らか小盛りにした方のスープが並ぶ。

「オレは、平気だから。あなたが頑なだから、色々やらせているけれど……。本当に、無理されたら困るから」

咎めのように聞こえるそれは、だが、単純に声色だけで、そうとは言えなかった。
淡泊な夫の見せる、憂いの表情は、十分にヒナタを想い、労わっていた。

「でも……これくらいしか、私、することないから……」

忍の仕事を取り上げられたヒナタは、とにかく暇を持て余してした。
腹が大きくなり、体を動かすのも控えるようにと言われるし、益々何も出来なくなった。
調理に関しては、再三ネジから、無理をするなと言われていた。
それでも、どうか、分かって欲しい。
少しの、ほんの些細なことでも、ネジの支えになり、彼に尽くしたいのだという、まだまだ半人前な、妻としての自覚を。

「……食べようか。冷めないうちに」
「……うん」

ふっと、彼の周りの空気が和らいだ気がした。
俯けていた顔を上げると、向かいの椅子に腰掛けるネジの、少し困ったような含み笑いがヒナタを迎え、彼が、もう半ば諦めているのだと察する。
コーヒーを含むネジを見て、ヒナタも、自分の前に並べられた朝食を見下ろし、大豆の入ったスープを持ち上げると、冷まして一口啜った。
皿の並べ方だけ見ても、主食と汁物、主菜に副菜、かっちりと、余分な隙間なく几帳面に配置されており、ネジの生真面目さが窺える。
結局、ネジは一人でも、ヒナタが気張って食事の世話をせずとも、そつなく暮らしていけるのだ。
端的に言ってしまえば、これは無駄なこと……なのかもしれない。
それでも唯一、体の利かない自分の出来る、精一杯の“仕事”だから。
自分の我が儘に付き合ってくれるネジに、申し訳なさを感じながら、気を紛らわせるかのように膨らんだ腹を撫でたヒナタは、そういえばと、昨日の出来事を浮かべた。

「あ、あのね、兄さん」

結婚して、もう数ヶ月が過ぎようというのに、中々抜けないその呼び名は、ネジとて“そう”だった。
だから、何も突っ込まずに、ヒナタを慣れ親しんだ敬称で呼ぶネジも、んん?、と当たり前のように返事をする。

「えっと……昨日、お医者様に言われたんだけどね」
「ああ、そういえば、検診だったな。オレも休みが取れたら良かったのだが……すまなかったな。一人で大丈夫だったか?」

口元に持っていこうとしたスープを下ろし、心配げに眉を顰めながら、ネジは尋ねる。
ネジが、身重とはいえ忍の端くれであるヒナタを、そう迄も気に掛けるのは、それ程大袈裟なことではなかった。
実は、腹の中の胎児の状態に懸念されることがあり、ヒナタは通常の定期検診の他にも、何度か通院していたのだ。
いつもなら付き添ったネジと一緒に、医師の診断を聞いていたのだが、昨日は彼が一日不在で帰宅が遅く、言いそびれたのだ。
愁眉するネジを落ち着かせるように、ヒナタはしっかりと、問い掛けに頷いて見せた。

「うん、それは大丈夫なんだけれど……あの、それで、お医者様がね」
「どうだった? 腹の子は、順調だったか? 問題ないか?」

ヒナタが言うまで待たずして、ネジは前のめりになり、温かな朝食を通り越してヒナタを窺う。
その真剣な面持ちに、一瞬たじろぎながらも、ヒナタは彼の安心する返答を意識し用意した。

「うん、特に異常とかは見られないって……順調ですって」
「……そうか」

ほっと、息をつき、肩の力を抜くネジを認め、ヒナタも密かに安堵する。
そして、用件だったもう一つの話をしようと、穏やかな様相を取り戻したネジを、昔ながらの呼称を付けて呼ぶ。

「あ、あのね? それでね? ネジ兄さん」

憂い事が晴れ、朝食を食べ進めながら、んん? と声だけ返すネジの、手元を何となく眺める。
此方は、食事する手を止めて、少し逡巡する素振りを見せながら、ヒナタは告げた。

「あの……お医者様が、言っていたんだけどね……その………良い、って」

箸で葉物を掴むネジの、動きがそこで止まる。

「……良い? 子の経過のことか?」

静かに自分へと注ぐ視線に、また今の話の流れから考えれてみれば妥当な、しかし的外れなネジの返しに、ヒナタは困ってしまい、首を竦める。

「ち、ちがくて……その……だからね?……い、良いんだって」
「……? 何が良いんだ?」

恍けたような返答だが、その実ネジは本当に何も察していなかった。
只妙なことを言い出すヒナタを、不思議そうに見つめる。
いつも、自分の様々なことに世話を焼く癖に、こういう時に限って鈍いネジを、恨めしく思いながら、ヒナタはそれでも己を鼓舞させ言い切った。

「だ、だからっ……あの」


――あんていきに、はいったから。
して、いいんだって。

たどたどしく言ったヒナタに、ネジは固まった。

「………」

真直ぐに、黙り込んだネジの眼差しが自分に突き刺さり、ヒナタは益々身を固くしてしまった。
顔が、どうなっているのだろう。
表情を作り上げる、皮下にある筋への指令が途絶え、麻痺したように感覚がない。
ネジの寄越す視線に、焼き爛れるかのような、物凄い熱量が集中し、耐え難い羞恥となって、身体の内側から血液がどくどくと脈打つのが分かる。
何を、何を自分は言っているのだろう、こんな、誘うようなことを。
しかし昨日は一人で医師の元へ向かった為、どうしても、ヒナタから話さなければならなかった。
夫であるネジが、少なからずもヒナタに触れられなかったこの数ヶ月の間、悶々とした欲情を抱えていたと踏んで。

「……ヒナタ様」

暫しした後、感情の読めない声が、ヒナタを呼んだ。
僅かに、眉間に皺を寄せているネジは、行き成り、カチャリと箸を置いた。

「そういうことは、もっと早く言わないと」

思ったよりも冷静に響いた声色に、ヒナタは一人ぽかんとする。
生まれ持った性格も相俟ってか、普通の忍以上に、感情を余計に表に出さぬネジなのだが、彼も健全な男である為、一応喜んでくれるのかと思っていた。
想像していた、どの反応とも違う態度を示すネジに、首を捻る間もなく、彼は急に立ち上がり、ヒナタは遅れて、些か顰め面でいる彼を見上げる。

「えっ……? あ、あの……? きゃっ……に、にいさ……!?」

テーブルを回り込み、ヒナタの手を素早く、だが丁重な手付きで取ると、有無を言わさず立ち上がらせ、リビングから連れ去る。
二人暮らしの、それ程広くもない住まいは、廊下へ出ると、直ぐにドアがある。
そのドアノブに手を掛け、何の迷いもなく寝室のそれを開けようとするネジに、ヒナタはやっと彼の意図を察した。

「えっ!? あの、ま、待って……い、今から!?」

思わず手を突っ張り、入室の直前でネジを踏み止まらせたヒナタは、まさかのネジの挙動に吃驚し、目を瞬かせる。
対して足を止められたネジは、多分今脳裏一杯に広がっているだろう、愛欲の行為など欠片も思わせぬような涼しい顔で、ヒナタに振り返った。

「今言う、あなたが悪い。どうして昨夜のうちに言わなかったんだ?」

確かに、こんな朝腹から言うような話ではなかったと、ヒナタは今になって反省する。
だが、非常識なのは、ネジも同じなのだ。

「あ……で、でも……あの、ご飯の途中だし……」

ご飯と言うか、それもそうなのだが、こんな朝腹からすることではないと、真面目なヒナタは尻込みしてしまう。
ヒナタには滅多に見せない、鋭い眼光を向けてくるネジに、益々ヒナタは自分の発言を後悔した。
どうやら、大分、かなり、思っていた以上に、彼に我慢を強いていたようだ……。
その証拠とばかりに、ネジはうっとりと、甘ったるい淫欲に(まみ)れた吐息を吐く。

「この数ヶ月……長かった。……ああ、安心して良い。加減はするつもりだからな」

脳内に微々と残った理性で、一応程度に、ネジは後ろにいるヒナタを気遣う。
だが、依然として固く握り締められた手の感触に、ヒナタは安心するどころか気が遠くなる。


呆然とし、大人しくなったヒナタを、軽く引っ張って、ネジは寝室に彼女を押し込める。
パタン……と閉じたドアは……昼迄、開かなかった。










(旧拍手SS)

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