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□龍ノ介の幼馴染
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ぼくの名前は成歩堂龍ノ介。
ぼくには4つほど年の離れた幼馴染の女の子がいる。
彼女は商家の娘というだけあって算盤が得意で、物覚えがとてもいい。
性格も物静かで大人しくとても良い子だ。
そう。
あの“悪癖”がなければ。
「龍ちゃん。明日、私は歌舞伎の勧進帳の舞台を鑑賞してくるわ」
真剣な表情で彼女は僕にそう言った。
「義経公と弁慶のお話だね。楽しんでおいで」
「ところで、龍ちゃん」
「なんだい?」
「あの隣り合っている殿方たちは好き合っている同士だと思わないかしら?」「思わないね」
隣り合う殿方はすべて恋人だという妄想癖がなければ。
そう、彼女は無類の衆道が好きな少女なのだ。

…………。

龍ノ介は舞台を観に行った幼馴染を迎えに、待ち合わせの神社へと向かっていた。
目的地に着くとそこには、鳥居の前で呆然と立ち尽くす幼馴染の姿があった。
「どっどうしたんだい!?」
幼馴染の彼女は意を決して口を開く。
「義経公が死んでしまったの……」
「600年以上前のお人だからね」
「許すまじ、鎌倉様ああああ!!」
両手で顔を覆いながら、彼女はそう叫んだ。
「愛しい弟が兄の求愛を袖にして、忠臣である弁慶と恋仲になったからって酷すぎるわ」
「なんだかぼくの知っている 源 頼朝 像と全然違う気がするね」
「うう、それでも義経は弁慶の手を取り、弟への劣情から来る嫉妬に狂う兄の手から逃れようと奥州へ逃げる。あの逃避行のなんと素晴らしいこと」
「確かに兄の追手から逃げていたけど、そんな理由ではなかった気がするよ」
「ついに義経公は逃げられないと悟り、弁慶に愛を告げ、一人自害する。あぁああああ!!義経公!!」
「真実の中にときおり嘘を混ぜるのはやめておくれよ」
「嘘なんかじゃないわ!すべて真実よ!私の妄想の中での!」
「事実だけを話してくれないかい?」
龍ノ介は諭すように彼女に話しかける。
「そんな話し方じゃ、勧進帳がまるで衆道のお話みたいに聞こえてしまうじゃないか」
「昔の武家では殿方同士の主従でも恋に落ちることもあったと文献に書いてあったから、なにも間違っていないわ」
濁りきった眼で彼女はまっすぐ龍ノ介の目を見た。
「……一応、歴史の文献は読んでいるんだね」
「貸し本屋にある義経公の本はすべてここに入っているわ」
トントンと彼女はこめかみを指でたたく。
「それならなぜ嘘を混ぜるんだい?」
「嘘ではないわ。私の抑えきれない欲望から来る願望よ」
「抑えようよ」
呆れる龍ノ介に向かって、彼女は突然そわそわとしだす。
「あの……ところで、龍ちゃん」
「だめだよ」
「まだ何も言ってないわ!」
「君の言いそうなことはわかっているとも」
「それなら話が早いわね。ね!一生のお願い!龍ちゃん!」
「一週間前にも聞いたよ、君の”一生のお願い”は」
「ねー!!お願い!!大学から義経公の歴史の文献盗んできてよ!」
「犯罪だよ!」
「言い方を間違えたわ。義経公の文献を拝借してきて」
「言葉を言い換えても綺麗な笑顔でお願いしてもダメだよ」

「成歩堂?」

龍ノ介は名を呼ばれ、振り返る。
赤い鉢巻がひらひらと彼の視界の端に映った。
「亜双義じゃないか」
「奇遇だな。こんなところで会うなど」
龍ノ介は親友と偶然会い、いつものように話そうとしたが。
「龍ちゃん……」
ハッと彼は背後に居る存在を思い出した。
恐る恐る龍ノ介が振り返ると、彼女は欲望にまみれた眼で親友と自分を見つめていた。
龍ノ介はバッと亜双義の姿を背後に隠すように、彼女の前で両手を広げた。
「ちょっ!見えない!龍ちゃん!」
「君は見ちゃ駄目だ!」
「なんで!?大学のお友達でしょ!私だってお話したい!龍ちゃんとの仲睦まじいお話をぜひともお聴きしたいわ!」
「ぼくは君の魔の手から亜双義を守らないといけないんだ!」
「人を妖怪みたいに言わないで!」
ギャースカ―ギャースカ―と言い合う龍ノ介と彼女の姿を見て、亜双義は一瞬呆気に取られたが爽やかに笑い出す。
「はっはっは。なんだ随分と仲が良いんだな」
亜双義は知らない。
彼女が龍ノ介と亜双義を使って、そのようなアレな妄想をしていたということは。
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