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□ゆめの夢
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「どうして……?」
パタッ、と、聞こえないくらいに小さな音がした。
それは冷ややかな温度を残して、静かに私の手の甲を滑り落ちてゆく。
どうやら、泣いているのは男らしかった。
他に誰もいない教室の中、私とその奇妙な男だけが対峙していた。
ここはどこだろう、と胸中でつぶやく。確かに見た目は私が今通っている高校のものだと分かるのだけれど、どうも様子がおかしい。
つと見やった窓の外、濃紺の空を、たくさんの流れ星が滑り落ちていった。
男はその細身の長躯を銀と紫の衣装に包み、顔には同じ色合いの仮面を付けていた。
それは――そう、まるで、滑稽なピエロのような。
彼の姿はどこか懐かしいような気がしたけれど、まさかそんなはずはないだろうと思う。
「君は、どうして忘れてしまったんだろうね?」
柔らかな低い声が、はっきりと私の耳に届いた。
私は教室の真ん中の席に腰掛け、彼は黒板の前に立っている。あんなにも離れた位置に立つ男が流した涙が、私の手の甲に落ちる。私自身は泣いていないとはっきりと分かるから、泣いたのは確かにあの男なのだ。
それは現実的に考えればどう言い訳してもあり得ないことで、だから私はこれは夢なの
だと気づいた。
「忘れたって、何を?」
私は彼を見ずに言った。
男は滑るような歩みでこちらへ来ると、私をつめたい仮面で見下ろした。