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□センチメンタル
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「なぁ、俺って生きてる意味あったと思う?」
 
 唐突に、彼はそんなことを口にした。
おれは座っている椅子をぎっとんばっとん揺らしながら、見せつけるように思いっきり首を傾げてやった。

「は? どうしたの急に。てかそれ、教師が生徒に聞く質問じゃないと思うんですけど」

 生きている意味なんていうのは、考え事が大好きで堪らない人間にはうってつけの悩み事だとおれは思う。だって、その質問に対する正しい答えなんて、テレビの四角い枠の中でアドレナリンだのドーパミンだの言っている偉い科学者さん達が絶賛する「人間の持つ素晴らしい頭脳」のどこを引っ掻き回したって出て来やしないのだから。
 まぁ何を考えるのかは個人の自由であるとして、問題なのは教師という、生徒を導く立場であるはずの人間が、こうして導かれる側の人間にこの質問をしてきたということだ。

「いやぁ、なんかさ、不意に思うことあるでしょ。こういうのって」

 何とも曖昧に眉尻を下げる化学教師に、おれは半目になってため息をついた。
 窓から差し込む陽光の中、きらきらと埃が光っている。この青春教師ぐらいしか出入りしない第三化学準備室には、常時埃が空中を彷徨っていた。
 先生は、よくこの部屋にこもっていた。テストの採点やら何やらの仕事は絶対にここでしているし、おれが立ち寄った時にいなかったことなんて今まででも片手で数えられるくらいしかない。
 白い指が、机に置かれたマグカップの持ち手に絡まる。緩やかに湯気の上るそれに口を付けながら、先生は掠れた声で笑った。

「しっかし、嶋。とうとう三年間通い詰めたね」

 ――そんなに気に入った? ここ。
 おれはちょっとの間黙って、そこそこ広い室内を誤魔化すように見渡した。
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