短編集。

□代わり。
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部屋。
誰もいない、部屋。
いつもみたいに馬鹿みたいに笑いながら帰ってくる彼奴がいない。
怖いくらい静まりかえっていて、隣の部屋の音までもが聞こえそうで。
そんなとき、電話が掛かってくる。
彼奴からじゃないか、なんて淡い期待を抱くけど、やっぱり違って。



『もしもし?幸助くん?』



日和叔母さんだ。
叔母さんは、幼い頃、彼奴とよく遊びに行った家の人だ。
温厚で、優しくて、俺たちのことを本物の子供みたいに扱ってくれて。
俺は、叔母さんが大好きだった。



『落ち込んじゃダメよ?優くんのことは本当に残念よ。だけど、元気出しなさいね?』



「…何、言ってるんだよ、叔母さん。俺は元気だよ。彼奴が、優がどうしたって?彼奴、また、入社試験にでも落ちたのか?ははは、馬鹿だよなあ。今日も、急いで、出てって……」



『何言ってるのよ、幸助くん。優くんは、その入社試験に行く途中で__』



止めてくれ。
これ以上聞きたく、ない。
耳から流れてくる声は、彼奴のものでないというだけで不快で。
俺は、そのまま、電話を切る。叔母さんが何か言っていたが切った。
また、静まる部屋。
嗚呼、なあ、いつお前は帰って来るんだよ。


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