うたぷり

□あなたからの卒業
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「今日はこの後予定もありませんし、良ければ出来ているフレーズだけでも聞かせてもらえますか?」

「あの…でも」

いつも寿先輩の話を聞いてもらったりしてるのに、曲の事まで迷惑をかけられない。

「私が聞きたいんです。ダメですか?」

そう言われてしまうと、拒絶する事もできなくて幾つか作ったフレーズを奏でる。





「…あの…」

いくつか出来ていたフレーズを弾き終わっても一ノ瀬さんは無言で、そんなにヒドイものだったのかと不安になって声をかけた。

「ああ、すみません。私は好きですよ。そうですね、始めのものと3つめの…」

好き。その言葉にドキリとした。曲、そう曲の事を好きだと言ってくれただけなんだから意識するなんて、自意識過剰です!

私は赤くなる頬を隠すように、両手で自分の頬を叩いた。

「な、七海さん?!」

「ちょっと気合いを入れただけです」

ちょっと力を入れすぎたみたいで、思ったよりも頬が痛い…。

「そうですか。ふふ、では、厳しくいきますよ!まず寿さんは王道を好む傾向があります。なので、サビにはさっきのこのフレーズを…」

そう言って一ノ瀬さんがピアノを弾いてくれる。

「あっ!そうですね!先輩のイメージです!」

「ふふ、役に立ちましたか?」

「はい!あっ、なんだかイメージが固まりました!ちょっと弾いてみますね」

一ノ瀬さんが幾つかくれたヒントからメロディーが浮かんで、早速ピアノを弾きながら五線譜に書き綴る。どんどん浮かんで気がつくと外は真っ暗になっていた。





「お疲れ様です。少し休憩にしませんか?」

一ノ瀬さんに声をかけられて、あれから作曲に没頭してしまい一ノ瀬さんをほったらかしてしまっていた事を思い出す。

「一ノ瀬さん?!す、すみません!」

「いえ。勝手に台所を借りてしまったので、お互い様です」

さぁどうぞ、と一ノ瀬さんに促されてテーブルにつくとテーブルには栄養バランスの良さそうな食べ物が並んでいた。いただきます、2人で同時に手を合わせた。

一ノ瀬さんの作る食事はどれも美味しくて、食事をしながら話していると勝手に気まずくなっていたのが嘘のように自然にできた。








一ノ瀬さんの突然の訪問から何事もなく、なんとか編曲までして、寿先輩との打ち合わせをする事になった。先輩に会うのはラフ曲を聞いてもらった以来で、少し緊張しながら打ち合わせに向かった。



「お疲れちゃーん☆」

元気に寿先輩が会議室に入ってきて、早速出来上がった曲を聞いてもらった。

「うんうん♪いいんじゃない!これにしよう☆」

良かった!今度は気に入ってもらえたようです!アドバイスをくれた一ノ瀬さんに感謝です。

「この前はごめんね〜」

突然、先輩が顔の前で両手を重ねて謝る。

「え…何がですか?」

「だってだって〜!この前の曲も良かったんだけどさ!あれって僕ちんの事じゃなくて別の人の事考えながら作ったでしよ?」

普段のトーンとは違って真剣な声音で問われる内容に驚く。


先輩以外の事を考えながら作った…?そんな訳ありません。あれは先輩の事を想って作った。

「あれ?気付いてなかった?なんだか、僕ちんがよ〜く知ってる人のイメージがバシバシ伝わってくる曲だったよ」

「…」

何か言おうとしたけど、上手く言葉にならなかった。

「あは、ごめんね。困らせちゃったかな?」

そう言っていつもの柔らかい笑顔に戻る。子どもをあやすように撫でてくれる手が暖かくて、先輩を好きだと思う気持ちが溢れ出した。

「寿先輩…好きです」

気持ちの赴くまま言葉が飛び出した。先輩は少し驚いた顔をしたけど、すぐに「ありがとう、でもごめんね」と寂しそうに笑った。

「…この前の曲、誰を想って作ったのかもう一度考えてごらん?僕が言えるのはそれだけだよ」

いつも通りの笑顔を残して先輩は次の仕事に行った。

「…振られちゃった…」

分かっていた事だったけど、やっぱり辛い。心にぽっかり穴があいたような気がするのに涙は出なかった。





先輩に気持ちを打ち明けてから、何度も先輩が言っていた事が分からなくて同じ曲を奏でる。

『誰を想って作った曲かよく考えてみてごらん?』

『僕ちんが知ってる人のイメージがバシバシ伝わってきたよ!』

何度も先輩の言葉が頭の中を駆け巡る。私は誰を想って作ったの?今日、何度目か分からない曲を弾きながら考える。

そこで携帯がメールの着信を知らせる。

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from:一ノ瀬トキヤ
件名:こんにちは
本文:今日は時間ありますか?仕事で美味しいマカロンを頂いたので、食べませんか?
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こんな風に私が何かに悩んでいると一ノ瀬さんから連絡がくる。考えても答えが出てこなかったので、私は家にいることを返信すると、30分程で行くと連絡があった。

この前は部屋が散らかっていたので、急いで片付ける。そして、美味しいお茶の葉をポットに入れて、ソワソワした気持ちで待った。ちょうど準備が整った辺りでインターホンが鳴った。



もらったマカロンを食べながら、何気なく一ノ瀬さんにも先輩の問いかけを相談してみる事にした。そして作った曲を流す。

「これは…」

一ノ瀬さんはすごく驚いた顔をしているけど、頬が少し赤くなっていた。

「一ノ瀬さん?」

「あの、もう一度聞かせて下さい!」

どこか興奮気味の一ノ瀬さんに押されて、もう一度曲をかける。すると、一ノ瀬さんがメロディーに乗せて歌い出す。甘い声なのに力強くて、自信に満ち溢れた絶対的な声。私はいつの間にか一ノ瀬さんの歌に魅了されていた。学園時代から抜群に上手かったけど、さらに魅力が増していた。私がこの曲に求めていた歌がそこにあった。




歌が終わっても私はしばらく言葉を発する事が出来なかった。

「七海さん?」

一ノ瀬さんに声をかけられて我にかえる。

「…勝手に歌ってしまってすみません」

私は無言のまま首を降る。感動のし過ぎで上手く言葉が出てこない。

「あまりに素晴らしい曲だっので…」

「ありがとうございます」

私はたった一言発するのが精一杯だった。





先輩の問い掛け。

誰を想って作ったのか。





「…一ノ瀬さん…だったんですね…」

先輩の事を想って作ったつもりだった。だけど、いつの間にか一ノ瀬さんの事を想って作って居たんですね。そんな事を一ノ瀬さんの歌を聞くまで気づかなかった。先輩に告白した時、先輩はもう気付いていたんですね。

「七海さん?」

一ノ瀬さんが困った顔で私の顔を覗き込む。私は感動で溢れそうになる涙を堪えて、「どうか、この曲を歌って下さい」と今度は私からお願いした。この曲は一ノ瀬さんのための曲だから、他の誰も歌えない。




寿先輩ではなく、一ノ瀬さんに揺れる心をこの時初めて自覚した。それと同時に、今までただ子どものように甘えていただけの自分がとても恥ずかしくなった。先輩に対しても、ただ優しくしてもらえたから笑顔を向けてもらえるから拒絶されないから…そんな風に甘えているだけだったから私を対等の存在としてみてはもらえなかったんだと気がついた。一ノ瀬さんが向けてくれる優しさも私がただ頼りないだけだからなのかもしれない。


対等の立場になりたい。
ただ支えられるだけじゃなくて、隣で支え合いたい。



そう思って、私は気持ちを落ち着けるように深呼吸をしてから一ノ瀬さんの顔を真正面から見つめた。

「でも…一つ条件があります」

「条件ですか?」

一ノ瀬さんの顔が硬くなるのが分かった。

「今までありがとうございました」

「…どういう…意味ですか?」

これはケジメだから、ちゃんと伝えなくてはいけない。

「私、一ノ瀬さんから卒業します。今まで支えて下さって…ありがとう…ございました…」


語尾が震える。我慢、我慢です。ここで泣いてしまっては、また一ノ瀬さんに心配をかけてしまう。手を離すと決めたんだから、ちゃんと笑え!

必死で作った笑顔をみせた。



いつもは優しく触れる腕が力強く引かれて、一ノ瀬さんの体にぶつかる。

「…もう私は必要ではないのですか?」

以前は落ち着かなかった腕の中が今は心地いい。寿先輩が好きだった。ずっとそう思っていたのに、いつの間にか一ノ瀬さんの事を考えている時間が増えていた。無意識に一ノ瀬さんをイメージして曲を作るほどにあなたが頭から離れなくなっていた。

「違います!一ノ瀬さんが居てくれて、私本当に嬉しかったんです。でも、ずっと一ノ瀬さんの好意に甘えたままじゃダメなんです。だから…」

そっと離れがたいその体を離した。






あなたの優しさに甘えているのは、とても心地よくてずっとその腕の中にいたくなる。でも、あなたの気持ちに一方的に甘えているだけでは隣に並べない。一ノ瀬さんが好きだと気付いたから、私もあなたに支えてもらうだけじゃなくて支えたいんです。


「この曲を歌って下さい。でも、私の事をもう気に掛けないで下さい」

大丈夫ですから、笑顔でそう小さく呟くと「…わかりました…」と少し掠れた声で一ノ瀬さんは言って部屋を出て行った。






「…っふ…う…っ」

堪えていた涙が堰を切ったように溢れだした。あなたが好きだと気付いたから、あなたの隣に並んで歩ける私になりたい。

「…一ノ瀬さん…好き…です…」

この言葉はあなたに自信を持って言いたいから、まだ伝えられない。知らない間に膨らんだ愛しさがこみ上げて大声で叫びたくなるのをグッとこらえる。






今までの私をなかったことにはできないけれど、あなたの隣に並べる自信がついたら…その時は…私のこの気持ちを伝えさせて下さい。









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