コルダ3
□45センチ
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いつもの放課後。オケ部の練習を終えて、ハル君と一緒に帰る。お付き合いを始めてからハル君は寮まで送ってくれるようになった。
少しでも長く一緒にいたい私は嬉しいんだけど、実はちょっとだけ悩みがある。
それは、2人の間にある1人分のスペース。ハル君らしい紳士的な距離で並んで歩く。恋人どおしだし、ちょっとくらい腕を組んだり、手を繋いだりしたい。いつかのデートで映画の真似をしてみたけど、上手くいかなかった。お互いに恥ずかしさが勝ってしまって、焦らずに距離を縮めようという事になった。私たちなりにゆっくりと…は、いいんだけど、あのデートからまともに手すら繋いでいない。近づいたと思ったらまた開いてしまった距離がもどかしくて、そっと右手をハル君の手の方に伸ばす。
他愛のない会話をしながら、少しずつ手を伸ばす。もう少し。
「先輩?どうかしましたか?」
あと少しで触れそうな距離で、ハル君が突然私の方に振り向く。急いで手を引っ込めて赤くなる顔を逸らして「なんでもないよ!」と言い訳をする。
絶対、怪しいよね。あぁ、でも手を繋ぎたいとか言えないよ〜。
「では、先輩。僕はここで」
学院から寮まではとても近いので、一緒に帰ると言ってもあっという間。結局、手を繋ぐ事も出来ずに寮に着く。
「いつもありがとう」
戸惑う気持ちを隠していつも通りに笑顔を向ける。
「いえ、ではまた明日」
ハル君も柔らかい笑顔を見せてくれる。私だけに見せてくれる笑顔にドキドキする。もっと一緒に居たいと思って無意識に手を伸ばしていた。
「かなで先輩?」
そっと引っ張っていたベストの裾を見てハル君が驚く。
「…あ!!ごめんね!」
無意識の自分の行動に赤面する。不思議がりながらも、ハル君は帰っていった。
「…何やってんだろ…」
溜め息と一緒に呟く。
「本当にな」
突然降ってわいた声に驚いて振り返る。
「見ているこっちの方がまどろっこく感じるぞ」
「ニ、ニア!?いつから見てたの!?」
少し考える仕草を見せて「ずっと後ろにいた」と笑った。
つまり、学院からずっと見ていたということだ。恥ずかし過ぎる!
「見てたなら声くらいかけてよ!」
あまりにも恥ずかしくて、ニアに詰め寄る。
「ふふ、邪魔するのも悪いかと思ってね」
クスクス笑うニアのこの顔は絶対に面白がっている。
「それにしても、前にも言ったが水嶋相手では君がリードしなければ、進むものも進まないぞ?」
ニアが何を言わんとしてるのかは分かる。分かるけど!私からどう距離を縮めたらいいのかわからない。
「それが出来たら苦労しないよ…」
少し拗ねながら言うと「君らしくないぞ」と背中を叩かれた。
「そうだ、1ついいことを教えてやろう」
寮に入りかけてニアが振り向く。
「心を許す相手には…」
そう言いながら私の目の前まで戻ってくる。顔が触れそうな程近づいて、笑みを作る。
「この距離、そうだな…45センチ程か…。」
ち、近いってば!
「この距離で接するらしいぞ。試してみたらどうだ?」
そう言ってニアは私からすぐ離れて寮の中に入っていく。
45センチか…。
手をつなぐよりも近いような気もするんだけど…そこまで考えて顔に熱が集中する。そういえば、以前部室に閉じ込められてハル君に助けてもらったことがある。あの時は不安で怖くて思わず抱きついてしまったけど、ハル君も優しく抱き締めてくれたから、すごく安心した。あのデートの時もおでこにハル君の暖かい唇が優しく触れたんだ。僅かに熱くなるおでこに触れて思い出す。あの距離にもう一度近づきたい…。
「よし!明日は頑張って手をつないでみよう!」
そう決心して寮に入った。
次の日の放課後。いつもと同じ帰り道。他愛のない会話をしながら、半歩先を歩くハル君の横顔を盗み見ながら様子を窺う。
そ、そろそろ手を繋いでもいいかな…。
そっと右手を伸ばして、ハル君の手に触れた。
「っ!!」
ハル君が驚いてすぐに手が離れた。
「あ…ごめんね、嫌だったかな?」
条件反射で手を離されてしまい、少し悲しくてハル君の顔がマトモに見れない。やっぱり私から手を繋ごうとするなんて、ハル君の言うところの…破廉恥な事…だったのかな。
「す、すみません!その、少し驚いただけですから」
そう言ってハル君の手が目の前に差し出される。
「手をつなぎましょう」
「…いいの?」
「はい、その…僕もつなぎたいですから」
ハル君は少し赤く染まる顔に笑顔を浮かべて、私の手を取って歩き出す。
寮までの距離はあっという間だけど、ハル君と手をつないで歩く道はどこまでも続いて欲しい。
そう思ってる内に寮に着く。本当に近いなぁ…もっと手を繋いでいたいのに、ゆっくりとお互いの手が離れていく。
「では、また明日」
ハル君が帰る。当たり前の事なのに寂しくなって、またハル君のベストの裾を掴む。
「先輩?今日もですか?」
昨日も同じ事をしたので、流石に変に思われる。でも、毎日のように会ってるのに寂しいなんておかしいよね。なんて言えば良いのかな…。
「…寂しいんですか?」
「えっ?!声に出してた??」
驚いて顔を上げると、クスクス笑うハル君の優しい瞳と目があった。
「いえ、何となくそんな気がしただけです」
ハル君の手が私の肩に触れて、距離が近づく。驚く暇もなくハル君の唇がおでこに触れた。
「僕も同じ気持ちです」
そっと離れるハル君の身体にしがみつく。
「!!」
ハル君が驚いているのが早く打つ鼓動の音で伝わる。私も同じように鼓動が早くて、きっとハル君にも伝わってしまう。でも、少し早いけど一定のリズムで刻まれる心音に安心する。
「先輩、大丈夫です。明日も会えます」
ハル君に頭を撫でられながら、優しい声が響いて気持ちいい。そうか、45センチの距離って気持ちが触れ合うんだ。だから、気持ちよくて安心する。
「ふふ、この距離クセになりそう」
ハル君の不思議そうな顔を見ながら、顔を上げる。
「明日も明後日もず〜っとこの距離にいたくなっちゃった!」
「な?!」
スッゴく赤い顔をして私から離れようとするから、もう一度私からくっついた。
「せ、先輩?!」
「まだ、離れたくないの」
腕の力を強めてギュッとしがみついた。ハル君のため息が聞こえたと思ったら、ハル君も私を抱き締めてくれた。ハル君の腕の中は暖かくて離れがたい。それでも、明日は必ず来るから大丈夫。今は離れても、明日も明後日もずっとずっとまたこの距離で会おうね。
→ あとがき