うたぷり
□君と居る時だけは
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今日は、トキヤくんと久しぶりのデートです。トキヤくんは人気アイドルなので、私たちは目立たないように変装して出かけています。
トキヤくんはメガネに帽子、口元が少し隠れるようにストールを巻き、一瞬見ただけでは一ノ瀬トキヤには見えません。
手を繋ぐ事は出来ませんが隣を歩けるだけで、とっても幸せです!
誰にも気付かれずに、今日のデートが終わりに差し掛かった頃、数人の同年代の女の子とすれ違った。同じ年くらいの女の子にはトキヤくんが知られている事が多いので、私たちは帽子を目深にかぶり、足早にすれ違おうとした。
「ねぇ、あなた七海春歌じゃない?」
突然、声をかけられた。
「…え??」
反射的に振り向いてしまった。
「やっぱり!前髪が短いから一瞬、誰だかわからなかったよ。同じ中学だったんだけど覚えてる?」
確か…クラスの学級委員をしてた子だったはず。
「うん。覚えてるよ」
ほとんど話した事はなかったけど、地味だった私の事を覚えてくれてて嬉しい。他の子も見たことがある。
「…もしかして、デートだった?」
ふいに聞かれて、隣に一ノ瀬さんが居る事を思い出した。一ノ瀬さんがアイドルだとバレたらどうしようとか、デートかと聞かれて焦ってしまって、どう答えようかとアタフタするしかなかった。
「そんな訳ないか!あなた地味だったもんね!」
「女子ともまともに話せてなかったし」
あぁぁ。今も引っ込み思案なところは変わっていませんが、確かに中学の時は今よりも酷かったかもです。早乙女学園で仲間が出来て、少し前向きにはなりましたが中学時代しかしらない彼女たちからしたら当たり前の反応です。
「私たちは、そのように見えませんか?」
それまで控えめに様子を伺っていた一ノ瀬さんがふいに口を開く。変装はしていても滲み出るオーラでバレちゃいそうです。
「私たちは付き合っているようには見えませんか?」
なおも問いかける。皆さん呆気にとられています!今の隙に逃げるしかありません!
私は彼女たちに一ノ瀬トキヤだとバレる前に一ノ瀬さんの腕を掴んで走った。
どこをどう走ったのかわからなかったけど、なんとか人通りが少ない場所まで来て、細い路地に入る。
「…い、一ノ瀬さん!どうして…あんな事を…?」
付き合ってるように見えるか聞くなんて、仮に一ノ瀬トキヤだとバレてしまったら、冗談では済ませられない。
「すみません。ですが、デート中なのにそう見えないというのも腹立たしかったもので」
一ノ瀬さんは拗ねるように顔を背けた。
「でも…もし、気付かれてたら…」
アイドル一ノ瀬トキヤがデートをしていたなんてバレたら、一ノ瀬さんにとってマイナスにしかならないのに…。
私の瞳から自然と涙が溢れた。
「は、春歌?!泣かないで下さい」
一ノ瀬さんが慌てて私を抱き締めた。
「不安にさせてすみません。ですが、あなたと居る時は1人の男として隣にいたいのです」
優しく背中を撫でながら、一ノ瀬さんが耳元で囁く。
「共に居る時は、私をただの男と思って頂けませんか?」
もちろん普通のカップルのようには出来ませんが…と言って一ノ瀬さんが微笑んだ。
私にとって、一ノ瀬トキヤはアイドルであり、カッコいい男性であり、大好きな彼である事に変わりはないので、しっかりと頷いた。
「ふふ。ありがとうございます」
そう呟いて、優しく唇が触れた。
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