うたぷり
□ずっと傍にいる
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今日は夕方から時間ができたから、春歌の部屋に居る。当の部屋の持ち主は打ち上げだかで出掛けていない。
数時間前。
「やっぱり、行くの止めます」
春歌は、突然訪ねて来たボクに遠慮して、打ち上げに行くのを躊躇っていた。
「突然来たのはボクだから、気にしなくていいよ。いっておいで」
「でも…」
「たまには息抜きした方がいいよ。君、いつも働きすぎ」
それでも迷う春歌の耳元に顔を寄せる。
「じゃあ、ここで待ってるから早く帰って来て」
顔を真っ赤に染めて、早く帰って来ますね!と笑顔で出て行った。
もうすぐ日付が変わろうとしている。さすがに、少し心配になってくる。春歌だって大人なんだから、大丈夫。そう思うのに、落ち着かなかった。
そんなとき、部屋の外から話し声が聞こえて来たので、急いで玄関に向かって扉を開けた。
「っのわ!?」
「…?ショウ…??」
玄関の前にショウが立っていた。しかも、春歌の肩を抱いて。
「ちょ!!話を聞け!!」
「まだ、何も言ってないけど。とりあえず、春歌離して」
「お、おぅ」
春歌を支えていたショウと入れ替わった。どうやら、かなり酔っぱらっている。お酒は強い方じゃないのに、こんなになるまで飲むなんて…。
「言っとくけど、七海が飲んだのはカクテル一杯だけだぞ」
カクテル一杯でこの酔い方なら、今後はお酒禁止だね。
「お前、七海を責めんなよ」
「は?意味が分からないんだけど。発言はちゃんと状況を見て話してよね」
「だから!お前今すっげーおっかない顔してるぞ!」
自覚はないけど、確かに少しイライラしている。
「そうだね。でも、別に春歌に怒ってる訳じゃないよ。ね、ショウ?」
満面の笑顔で答える。普段、アイドルとして本来の感情を露わにしないボクには何てことない。
「その顔が怖いっつうの。まぁ、七海が酒飲んだのお前のためだかんな」
「は?」
「七海って普段は酒なんか飲まないのに。打ち上げでさ、早く抜けたいなら一杯でいいから付き合えってプロデューサーに言われてさ」
完全に意識のない春歌の顔を覗き見る。ボクが待ってるって言ったから飲めないお酒を頑張って飲んだんだ。もっと上手く立ち回ればいいのに、ホント、君ってどうしようもないね。
「じゃあな、俺、帰るから」
そう言って、ショウは自分の部屋に帰って行った。春歌を玄関に寝かせる訳にはいかないので、春歌を抱き上げて寝室まで運ぶ。
「まったく、これじゃあ何のために来たのか分からないね」
春歌をベッドに降ろしながら小さく呟くと、春歌の目がうっすらと開いた。
「…先輩…、遅くなってすみません…」
慣れないお酒が回ってボンヤリした意識の中で春歌が懸命に謝る。本当は、少し注意しようと思ってた。でも、打ち上げも仕事の内。それを繰り上げてまで早く帰ろうとしてくれた気持ちが伝わって、胸が熱くなった。
「いいよ。だから、今日はおやすみ」
そっと彼女の髪に触れると、安心したのか静かな寝息を立て始めた。流石に、寝ている女性の隣に居る訳にもいかないので、帰ろうとしたら洋服の裾に違和感を感じた。
春歌の右手がしっかりボクの洋服の裾を掴んでいる。起こさないように手を離そうとしたけど、うまくいかなかった。
「春歌、手…離して」
仕方なく、春歌の顔に顔を近づけて言ってみたが効果はなかった。
「…んっ、美風…先輩…行かないで…」
小さく呟く声に驚いて、春歌の顔を見ると閉じた瞼から涙がこぼれていた。
あれから、何年もたってる。それでも、時折まだ不安になるのだろうか。
「大丈夫、ボクはずっと君の傍にいるよ」
耳元で小さく呟くと、安心したように笑顔を浮かべてまた寝息をたてはじめた。右手はボクの服の裾を掴んだままだったから、今日は帰るのを諦めて春歌の隣に寝そべった。
「まったく、君ってホントほっとけない…」
春歌の寝顔を見ながら、自分の頬が少し熱を持ってる事に気付いたけど、春歌の穏やかな寝息が心地良くて眠ることはしないがそっと目を閉じた。
翌朝、ゆっくり開く春歌の瞳と目があった。
「!!?」
ボクの顔を見て驚いた春歌が飛び起きた。
「おはよう。酔っ払いさん」
春歌は驚き過ぎて声が出ないようで、口をパクパクと動かしている。
「状況から説明すると、君は酔っぱらって帰って来た。そして、ベッドまで運んだボクの服の裾を握って離さなかったんだ。ほら、自分の手元を見て」
飛び起きた春歌はまだボクの服の裾を握っていた。
「す、すみません!!」
慌てて離す手を捕まえて、ベッドに引き戻した。
「まだ、ダメ。君が離さなかったんだから、もう少しこのままで」
驚いている春歌を抱き寄せて、肩口に顔を寄せる。春歌の熱くなった体温をじかに感じながら、目を閉じる。
例えまた記憶というデータが消えても、身体が壊れても君の傍に居続けるから、どこにも行かないから君もボクを離さないで。
→あとがき