うたぷり
□君が呼ぶなら
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私が彼女を女性として見るようになったのは、いつのことだったでしょう。早乙女学園ではじめて出会い、HAYATOに憧れているといった彼女を あんな作り物に憧れを抱くなどと 嫌悪すらしたものなのに。第一印象から勝手に彼女自身たいした情熱などないのだと決めつけていた。しかし、七海春歌という人間を知れば知るほど、あの小さな体に多くの才能と夢が詰まっていることを目の当たりにして彼女を女性として意識するようになっていた。
ですが、私はシャイニング事務所に所属するアイドル。アイドルは恋愛禁止が事務所の決まりであり、破ればこの業界で生きていくことはできないでしょう。私のエゴを押しつけることで彼女の夢を奪いたくない、そう思いずっとこの想いは私一人の胸にしまっていた。
そんなある日。
事務所の先輩でもあり、私と音也のマスターコースの担当でもあった寿さんと一緒の現場で久しぶりに彼女にあった。七海さんは寿さん他3名とのユニットソングを手掛けている事もあり、寿さんとも仕事をする事があるらしい。卒業後はお互いに与えられた仕事を必死にこなし、たまに事務所寮であっては挨拶を交わす程度になっていた。
久ぶりに見る彼女は学生時代と違い、ずいぶんと大人びていた。
「一ノ瀬さんお久しぶりです!今日はよろしくお願いしますね!」
簡単に返事をする私にあの頃と変わらない甘い声で陽だまりのような笑顔を向けてくれる。そして、他のスタッフに挨拶をしている寿さんに視線を向ける。その視線が彼女の気持ちを表すように濡れていた。
気付きたくなかった。
でも、気付いてしまった。
彼女は寿嶺二を愛している。
「トッキーに後輩ちゃん!今日はよろしくマッチョッチョ!!」
相変わらずのハイテンションで私たち2人に近づいてくる寿さんを今は見たくなかった。
「寿さん…台本のチェックをしているのですから静かにして下さい」
こんな子どもじみた八つ当たり。最低です。
彼女と寿さんが楽しそうに話しているのを横目で見ながら、台本を読むフリをする。本当は台本などすでに覚えている。それでも、何か他のものに集中していないと苦しかった。
撮影も順調に終了し、楽屋へ向かうと入り口で寿さんと七海さんが話しているのが見えた。
「あっ!トッキー!!お疲れちゃん☆」
「お疲れ様です。それより、そんなところで話していては中に入れないでしょう。どいて下さい」
「相変わらずそっけないんだ〜!ね!後輩ちゃんもそう思うよね?!」
戸惑う七海さんを横目に見ながら、楽屋の扉に手をかけた。
「七海さんを巻き込むのはやめて下さい。さ、話すなら中で話して下さい」
渋々楽屋に入る寿さんについて七海さんも楽屋に入る。
今日はこの仕事で終わりだったので、帰り仕度を始める。正直、今の私には3人でいる楽屋は息苦しかった。
「あの…寿先輩。今日、この前の約束のもの準備しているのですが…」
身支度を整える私の後ろで控えめな彼女の声が聞こえた。
「わ!!本当??嬉しいなぁ〜!じゃあ、お願いしちゃおうかな〜!」
「はい!!」
嬉しそうな声が聞こえ、余計に苦しくなる。早く、出なければ…。
ピピピピ…
「あ!!ごめんね、電話みたい。はい、寿です!えっ??今からですか…あ〜はい、分かりました!はい!よろしくお願いします!!」
楽屋の隅で話していた寿さんが彼女の前に戻ってくる。
「ごめん!!急な仕事が入っちゃって!!」
「いえ!大丈夫です!気にしないで下さい。お仕事がんばって下さいね!」
彼女の笑顔がやせ我慢なのが見て取れた。
「そうだ!トッキーはもう終わりだよね?」
突然、寿さんが私に話を振る。
「…そうですが…」
「ボクちん仕事で後輩ちゃん送ってあげれないから、トッキー送ってあげてよ!」
「は?私が…ですか?」
「こんな夜遅くに女の子一人で帰したら危ないでしょ!じゃ!よろしくねん!!」
そう言って、バタバタと楽屋を飛び出していく。まったく本当に落ち着きのない人ですね。
ため息をついていると、七海さんと目があった。
「あの…私は一人で大丈夫ですので、気にしないで下さい」
無理をして笑っている顔が痛々しくて、抱きしめたい衝動に駆られる。それでも必死に自分の理性を押しつけ、言葉を探す。
「寿さんに言われたからではありませんが、送らせて下さい」
「でも…」
ここで遠慮するのが彼女の良いところ。でも、今は彼女の優しさに漬け込みたい。
「あなたと会うのも久しぶりですので、少し話したいと思っていたのですが迷惑でしたか?」
「いえ!…えと、それではお願いします」
七海さんと一緒にタクシーに乗り、彼女が住む事務所寮へ向かった。
「この寮も久しぶりですね」
「一ノ瀬さんはデビューしてから引っ越しされましたもんね。他のみなさんも引っ越しされてしまったので、ちょっとさびしいです」
彼女の寂しそうに揺れる顔に触れそうになって、急いで手を引っ込める。
「では、私はここで」
寮の手前の筋でタクシーから降り、彼女を寮の入り口まで送る。
「あ!あの!!!」
「…?」
「…あの…一ノ瀬さんはお夕飯食べられましたか?」
「まだですが…」
「その…今日、作りすぎてしまったので、もし良ければ食べていきませんか?」
彼女と寿さんの約束とはこの事だったのですね。寿さんの代わりというのは腹立たしいですが、彼女に笑顔が戻るなら私はなんだってやります。
「では、お言葉に甘えさせてもらいます」
寿さんと別れてから暗かった彼女の顔が少し明るくなる。
彼女の部屋に入れてもらい、机中に並んでいくたくさんのおかずに驚いた。
「今、お茶入れてきますね!」
彼女が戻るのを待って一緒に食べる。
「とてもおいしいです。あなたは料理が上手なんですね」
顔を赤らめる彼女はどこか艶めいて見えて、この美味しいものたちが全て寿さんを思って作られたのだと思い知らされる。
「こんな美味しいもの食べないなんて、寿さんもバカですね」
「…え?」
小さく呟いたので、断片的にしか聞こえなかったようですね。もう一度、彼女にも聞こえるようにハッキリと言う。
「こんなにあなたが愛情を込めて作ったものを食べないなんて、寿さんはバカだ、と言ったんです」
驚いた顔をして私の顔を見つめる。
「…どうして…」
「あなたが寿さんを好きな事が分かったかですか?ふふ。秘密です」
私の笑顔とは裏腹に彼女の顔が強張る。隠しているつもりだったのでしょうね。でも、私はあなたが寿さんを見つめているのと同じように、いえそれ以上にあなたのことを見つめていますから、分かるんです。私だって知りたくありませんでしたよ。
「今日はよく我慢しましたね」
優しいフリをして、彼女の頭を撫でる。柔らかい髪を指で梳きながら笑顔を向ける。
はらはらと彼女の瞳から涙が溢れ出す。
「…ご、ごめんなさい。ちょっと気持ちが緩んだといいますか…あの、お茶のおかわり入れますね!」
止まらない涙を必死に拭いながら笑顔を作って立ち上がった彼女の腕を引き寄せて抱きしめる。
「…泣きなさい。我慢しなくてもいいですよ」
「…でも…」
他の男の胸で泣くのは気が引けるのんでしょうね。
「これはご褒美ですから、好きなだけ泣きなさい」
抱きしめる腕を緩め、優しく背中を撫でる。そして、腕の中で小さな嗚咽が聞こえ始めた。
「ごめんなさい…」
そう繰り返しながら私の腕の中で泣くあなたを心底愛しいと思う。
「あなたが呼ぶなら私はいつでも会いに行きます。だから、泣きたくなったら呼んで下さい。いつでも、あなたのもとに駆け付けると誓います」
そう言って強く強く抱きしめた。
『あなたが好きです』
このたった一言を言えば、きっとあなたは苦しむのでしょうね。
今は、一瞬でも私を求めてくれるならそれだけでいいんです。
だから、いつかあなたの瞳にうつるまで都合のいい男でいさせて下さい。
→あとがきです。