うたぷり

□残り香
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寿先輩と会えないまま3週間が過ぎた頃、先輩が出演されるドラマの見学に行ける事になった。普段お世話になっている作曲家の先生のアシスタントとして手伝う事になったので、もちろん仕事です。

電話やメールはしていても、直接会えるのは久しぶりなので今も撮影中だというのにソワソワしてしまう。

昨日の話では、この仕事の後はお互いに空いているので、一緒に過ごそうと言っていた。とても楽しみです。

今回のドラマは男女六人の同居コメディで、先輩はその内の1人を演じられます。

「君、確かシャイニング事務所の子だよね?」

撮影中に声をかけられた。この方は、このドラマのプロデューサーさんで、若くて仕事もできる!と噂の方です。

「は、はい!作曲家の七海春歌です!よろしくお願いします!」

撮影の邪魔にならないように挨拶する。

「あはは。そんなに緊張しなくてもいいよ。そうだ、このドラマの曲とか作ってるんだよね?」

「はい!アシスタントですが、参加させてもらってます!」

「普段は、嶺二くんの専属なんだっけ?だからかな?嶺二くんばかり見てるよね」

「…」 

そんなつもりはなかったのですが、ついつい先輩に目がいってしまっているんですね。気をつけないと…。

「あっ、図星??」

ニヤニヤと顔を覗きこまれる。

「いえ!あの、次の曲のイメージが湧いてしまって、それでつい見てしまったと言いますか…」

これでは、ちっともフォローになっていません。

「冗談だよ。君の所は恋愛禁止でしょ?嶺二くんはアイドルだし、そういう所キッチリしてるからね」

先輩は信用されている。私も気をつけなければ。

「ところでさ!」

先程の雰囲気とはうって変わって、急にプロデューサーさんに肩を抱かれた。

「この後、空いてる?食事行こうよ。オシャレな所知ってるんだ」

ねっ!と笑顔を向けられる。

こ、困りました。どうお断りしたら良いのでしょう…。

私がアタフタと返答に困っていると、撮影終了の声が聞こえた。

「ちょうど終わったみたいだね。行こっか!」

グイグイと肩を抱かれたまま、スタジオの出口に向かう。

「あ、あの…」

どどどどどうしましょう!


「あ!後輩ちゃん!シャイニーさんから呼び出しだよ〜!」

聞き慣れた嶺二先輩の声が後ろからした。

「僕にもさっき連絡あったんだ〜。せっかくだから一緒に行こうか?」

いつもの優しい笑顔で先輩が目の前にやってくる。

「なんだ、シャイニングさんの用事じゃ仕方ないな。じゃあ、また今度行こうね。嶺二くんもお疲れ様」

私の肩から手を離し、嶺二先輩に声をかけてプロデューサーさんは他のスタッフを誘って出て行った。

ほっと肩をなでおろした所で、先輩に手を引かれて歩き出す。そういえば、社長に呼び出されたんですね。どういった用件なんでしょうか。いつもの事ながら突然過ぎます。

私は先輩に手を引かれながら小走りについて行く。そこでふと気がついた。

あれ?いつも先輩ってこんなに歩くのが早かったでしょうか?もしや、社長から呼ばれている時間が近いのでしょうか。

「あの、先輩!」

ついて行きながら声をかける。

「ん〜?ま、とりあえず乗って、乗って!」

いつの間にか先輩の車の所まで着いていました。先輩が車の扉を開けて、私をシートに座らせると素早く運転席に座りエンジンをかける。

走り出した車は、事務所とは逆方向に向かう。

「先輩、あの道…違いませんか?」

先輩が道を間違うとは思えませんが、少し不安になり話しかけた。

「ん?あっ、めんごめんご!シャイニーさんからの呼び出しは嘘だよ〜ん」

クスクス笑いながら、視線は前のまま私の頭を撫でる。

「困ってたみたいだからね〜。嘘も方便って、ね?」

少しだけ視線を向けウィンクする。こういう仕草が様になるのは流石といいますか…私は赤くなる頬を押さえて俯いた。

「プロデューサーと出て行くから、僕ちんとの約束忘れちゃったのかと思ったよ〜」

「そ、そんな事ありません!楽しみ過ぎて先輩を見過ぎてて指摘されたといいますか…!!」

力説し始めた所で赤信号で車が止まる。私も自分の顔が赤いのが分かりますが、横から見える先輩の顔も赤いようです。

「君はいつも欲しい言葉をくれるんだね。マイガール…」

私の頬に触れながら先輩との距離がグッと近づく。ドキドキが先輩にも伝わってしまいそうです!

唇が触れそうなほど近づいたのに、先輩の唇は触れる事なく離れていった。不思議に思っていると、青信号になり先輩が車を発進させる。


それから先輩のマンションの駐車場に着くまで、嶺二先輩は一言も言葉を発しなかった。普段の先輩からは考えられない態度で、何か先輩を怒らせる事をしてしまったのかと怖くなった。

「行こっか」

いつもより低めの声で言われて、急いでシートベルトを外して車から降りた。

駐車場から部屋までは、そんなに遠くない。先輩に手を引かれながら、どうしても気になって先輩の様子をうかがう。

「ごめん、今、顔みないで…」

そう言って、先輩の部屋の前に着くなり玄関に押し込まれた。普段の先輩からは想像できないほど、その仕草は荒っぽかった。



先輩は下を向いているので、今どんな表情をしているのか分からない。でも、何かに怯えるように視線を向けた先輩に触れようと手を伸ばした瞬間。

「!!」

先輩に触れる寸前でその手は先輩に掴まれた。

「…大人ぶって我慢しようと思ったけど、限界…!」

掴まれた腕を引かれ、そのまま抱きかかえられた。声を出す暇もなく、お風呂場へ入り、頭から暖かいシャワーがかかった。



私は驚く暇もなく先輩に強く強く抱きしめられた。




「まだ、あの人の匂いがする…」

匂い…?




その時、シャワーの熱でぼやける視界の端でブラウスのボタンが弾け飛んだのが見えた。


「…早く…消えてくれ…」

先輩の唇が首筋に触れていく。暖かいお湯よりも熱い先輩の唇が首筋から鎖骨の辺りまで触れていき、くすぐったい。

「…っ…」

首筋を強く吸われ、痛みを感じた。

「君に触れていいのは僕だけでいい。他の男の匂いなんか消えればいい…」

「…先…ぱ…」

お湯でダルくなった身体で必死に嶺二先輩を抱きしめた。

「…っ!!」

「嶺二先輩、全部洗い流して下さい…。匂いも感触も感じたいのは、先輩のものだけです」

「…春歌ちゃん…」

先輩がさらにキツく抱きしめて、呟く。

「…ごめんね。あんな事、よくあることだし、困ってたのは君の方なのに…どんなに大人ぶっても君の事になると我慢がきかないみたいだ。情けないよね…」

「そんな事ありません!私は、どんな先輩も好きです」

「…ありがとう。愛してるよ、マイガール…」

私の大好きな笑顔を見せて、唇が近づく。

「…んっ…ふぁっ…」

何度も角度を変えて触れる唇に翻弄されながら、この熱さが先輩の熱なのかシャワーの熱なのか分からなかったが、ずっとこの熱を感じていたいと思った。



fin.



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