うたぷり

□君しかいらない
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「一ノ瀬さんから卒業します」

そう七海さんに言われてから、一度も彼女とは会えていない。彼女の事を気にかけない、そういう条件で彼女が作った曲をもらったからです。でも、どんな条件があってもどうしても彼女の顔が頭から離れない。いっそあの時私の気持ちを伝えるべきだったでしょうか。いえ、彼女は寿さんが好きなんです。だから、伝えなくて良かったはずです。もし伝えていたら、きっと彼女を苦しめてしまうから、これでいいんです。そう思うのに何度も同じ問答を自分の中で繰り返して答えが出ない。






「…はぁ…」

そしてため息を繰り返す。

「トキヤ?ため息なんが珍しいね。大丈夫?」

同じ楽屋で次の出番の待機をしていた音也に声をかけられる。今日の撮影は、寿さんと音也と共演のドラマで、寿さんは今は撮影中です。

「なんでもありません」

「そう?あれ?それって歌詞書いてんの?」

私の手元を覗き込みながら音也がまた質問を繰り返す。

「えぇ…」

そう答えたものの、手元は楽屋に入って書き始めてから一文字も書けていない。何を書けばいいのか、どうしたいのか全く思い浮かばずに手は止まったままだった。

「新曲出すんだ!いいなぁ!俺も早く次の歌いたいよ〜!今度は誰が作ってくれたの?」

「…七海さんです」

「ウソ?ホント?!すっげ〜!!ねぇねぇ、どんな曲?聞かせて!聞かせて!」

一気にまくしたてる音也にうんざりしながらも、ipodに入れていた曲を聞かせる。

「すっごいカッコイイじゃん!トキヤらしい!」

「私らしい?」

「え…うん。なんて言っていいか分かんないけど、激しいメロディの中にも優しさがあるっていうか…上手く言えないけど、トキヤのための曲って感じ!」

いつもの太陽のような陽気な笑顔で笑いかける。この曲は寿さんが歌うはずだったものです。その曲が私らしいはずがありません。ですが、この曲を初めて聞いた時は胸がときめいて歌いたくてしょうがなくなってしまった。私のものにしたいと衝動的に感じて、そのままこの曲をもらった。

「お〜い、トキヤ〜?聞いてる?」

「な、なんですか?」

「あっ!聞いてなかったな〜!まぁ、いいや。で、歌詞進んでないの?」

また私の手元を見て始めの質問が返ってくるので、慌てて私は手元のメモをカバンにしまった。

「隠さなくてもいいじゃん!トキヤっていつもパパッと歌詞書いてるのにスランプ?とか…?」

「そういう訳ではありません」

歌詞を書こうとすると、どうしても彼女の顔が浮かんでしまって上手く言葉にできないだけです。

「そっか…あっ!!歌詞と言えば、嶺ちゃんの新曲聞いた?歌詞が普段の嶺ちゃんぽくなかったんだよね。失恋の歌みたいでさ〜」

「寿さんの?」

そういえば最近、彼女が作曲した寿さんの新曲が発売されていましたね。なかなかイメージが固まらないと困っていた七海さんに少しアドバイスしたのもずいぶん昔のように感じてしまう。

「聞かせて下さい!」

私の声に驚きながらも、音也もipodを出して寿さんの新曲をかける。流れる曲はやはりあの時、七海さんが悩んでいた楽曲で始めに聞いた時よりも素晴らしいものになっていました。そして、寿さんらしく明るいメロディですが歌詞は音也のいうように失恋の歌でした。





なぜ、寿さんが失恋の歌を?






『届きますか?』『伝わりますか?』何度も繰り返される歌詞が恋の終わりを告げる。想いが届いて欲しいと願いながら、歌う寿さんの声は切なさを漂わせていた。こんな寿さんの歌は初めて聞いた。





なぜ、彼女に想われているはずのあなたがこんな歌詞を?




これではまるで、寿さんが失恋したようです。彼女に失恋したのは私で、彼ではないのに。なんとなく腹立たしくなって、楽屋を飛び出した。後ろで音也の呼びとめる声がしましたが、無視して寿さんの元へ向かう。ちょうどスタジオから撮影を終えた寿さんが出てきたのを確認し、腕を引いて人気のない場所へ向かった。







「ちょ!ちょっと〜トッキー?!どこ行くの〜?!僕ちん撮影終わったばっかで疲れてるんだけど!」

あきれるほど間抜けな声を出す寿さんを無視して、非常階段に到着する。ここならめったに人が来ることはありません。

「あなたに聞きたいことがあります」

誤魔化されないように、単刀直入に切り出す。

「あなたの新曲、どういう事ですか?」

「ん?新曲聴いてくれたんだ〜ありがとん☆」

「ちゃんと答えて下さい!」

案の定、普段の調子で私の言いたい事を理解しているのに煙に巻こうとする。

「…聞いたまんま、だよん」

私の真剣な問いかけが分かったのか、寿さんの視線も真剣になる。

「今の僕の気持ちを歌詞にしただけ。それがどうかした?」

「失恋?あなたが?」

何を言っているのか理解できません。寿さんは七海さんの気持ちに気付いていたはずです。それでも後輩という距離を保って接していた。だから、七海さんは仕事とあなたへの気持ちの間で苦しんでいた。

「トッキーってば、僕チンが誰に失恋したか聞きたい訳?!うわ!あんまり傷口えぐんないで欲しいんだけど〜」

そんな事を言いながらヘラヘラ笑う。本当にこの人は何を考えているのか実際のところを全く見せてはくれない。

「はは、そんな睨まないでよ!アイドルはスマイル☆スマイル☆なんてね、…後輩ちゃんだよ。分かってて聞いてるよね?」

結構ヒドイ事聞くね〜なんて、また普段の何を考えているのか分からない笑顔で答える。

「七海さん?そんなはずはありません!彼女はあなたを…!」

そこまで言って、寿さんの顔が一瞬辛そうに歪んだのに気がついた。

「トッキーさ、後輩ちゃんから曲もらったんじゃない?」

「どうしてそれを…」

「はは、当たり?トッキーはあの曲聞いてどう思った?」

「とても素晴らしい曲だと思いました。寿さんが気に入らなかったのはどうしてですか?」

「あの曲が僕のものじゃなかったからだよ」

益々意味が分からない。七海さんが寿さんの新曲のために作ったものなのに、それが寿さんのものではないとはどういう事ですか?

「聞いたんなら分かるはずだよ。あの曲が誰のものなのか。今、誰が手にしているのか」

「…」

「答えは教えないよ!僕だって一応大人だから平気な振りしてるけど、ホントはスッゴい我慢してるだけだからね☆」

そのまま楽屋に戻ろうとする寿さんの背中に声をかける。

「僕と後輩ちゃんの話はお終い。僕らの事はトッキーには関係ないからね。だから、トッキーはトッキーが思うようにしたらいいよん☆」


そして普段の気持ちが読めない笑顔に戻って、「じゃあ、撮影行っといで」と言って楽屋に戻っていった。私も撮影に行かなければいけないはずなのに、寿さんの言葉が留まってその場に立ち尽す。音也が心配して私を探しに来るまで私は非常階段に立ち尽くしたままでいた。





七海さん…あなたが好きな人は誰ですか?






あなたに会って聞きたい。都合のいい男でも良かったんです。その一瞬だけでも私を思い浮かべてくれるだけでいいはずだったんです。でも、あなたが笑いかけてくれる度にあなたを手にいれたくなった。あなたに触れたい、あなたの全てを奪いたい。それが今の私の正直な気持ちです。あなたが誰を好きでも私はあなたを手に入れる。あの曲で私の気持ちを伝えます。








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