うたぷり

□いつかまでサヨナラ
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博士からの呼び出しでラボに向かう。突然の呼び出しはいつもの事だ。きっとまた意味の分からない機能をボクに搭載するつもりなんだろう。



「やぁ、藍。よく来てくれた」




「博士が呼んだんでしょ」




「はは。その通りだ。まぁ入ってくれ」




招き入れられて扉の中を見ると、ボクと同じ顔の人物が笑っていた。ボクより少しやつれた顔をしているが、彼は確かに愛音…だった。




「…久しぶりだね、藍」





意識の中で聞いた彼の声よりも少し掠れている。




「…数日前に目覚めたんだ…」




博士はそう言って愛音の肩に嬉しそうに手を乗せた。





「しばらくリハビリは必要だが、愛音がお前に会いたいと言うんで呼んだんだ」





「そう」





一言、そう返すので精一杯だった。あまりに色々な感情が渦巻いて処理が間に合わない。





「…藍、今まで面倒かけてごめん」





「それが僕の役割だから」




愛音の顔が柔らかく微笑む。最近、春歌のおかげで色々な表情が出来るようになったけど、今の僕ができるどんな顔とも違う笑顔。どんなに真似をしていても、複雑な感情をコントロールしきれない僕には出来ない表情だった。









その後、春歌も博士に呼ばれて愛音と会った。初対面のはずなのに、愛音は春歌の手を取って「君の歌、温かくて直接ここに響いたよ」そういって春歌の手を握ったまま自分の心臓の辺りに抱き締めた。




「愛音、離れて」





すかさず、愛音から春歌の手を取って愛音と春歌の間に割り込んだ。





「ふふ、藍って本当に君の事が大好きなんだね」





「なっ…」





愛音は赤くなる僕と春歌の顔を見てクスクス笑った。あぁ、これが笑顔だ。僕が人の真似をしてする笑顔じゃなくて、気持ちが伴う笑顔。まだ、僕が春歌といる時に少し見せる事ができるようになった表情だ。











そんな他愛もない対面でその日は終わったけど、愛音が目覚めた事にシャイニング早乙女が黙っている事なんてなくて、いつも通り予測不可能なタイミングでシャイニングはやってきて、僕を事務所まで連れ帰った。バラエティ番組の収録をこなした後だから、なんとなく疲れた。昔よりも上手くリアクションは出来てるはずだけど、周りの反応を見ながらフレキシブルに対応するから身体には負荷がかかる。事務所までの短い道のりの間、額に冷却シートを貼って目を閉じた。



事務所の社長室に着くとシャイニングは口を開いた。そういえば、ここまでの移動中、シャイニングは一言も発さなかった。普段なら黙ってて欲しいときでも、しゃべり続けているというのに…。




「Mr.美風、如月愛音が目覚めたそうだな」





「そうだね」




シャイニングにしては、真剣な声音で尋ねられた。




「もう一度、チャンスが欲しいと言っていたんだが…」





「…そう…」




予想はしていた。だから驚く事はない。シャイニングが何を言いたいのかも、僕がどうなるのかも、すべては予測の範囲内だ。




「お前はどうしたい」





僕が考えている事が分かったのか、無駄な事は一切言わず、シャイニングが僕の目をじっと見つめた。サングラスに隠れた視線を向けて僕の意志を問う。




「………」





どうするのか、それは僕が決める事ではないはずだ。それをあえて聞く真意は何だろう。





「お前はそれでいいのか」




考えあぐねていると、シャイニングが先に口を開いた。




「僕に決める権利はあるの?」




「お前はもうただのロボではないだろう」




シャイニングは僕に芽生えた目まぐるしい感情を知っている。もちろん、春歌の事も。




「…歌いたい。まだ、春歌の歌を歌っていたい」





とっさに言葉が溢れた。理屈なんかなくて、ただこれが素直な気持ちだった。




「…そうか」





そう言ってシャイニングはしばらく黙って、そしてまた話し始めるまで時間がかかった。









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