小説


□夕焼けの前で想造を
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大きな窓から差し込む優しい朝日に顔を顰めて、小さく呻きながら起き上がる。ちら、と掛け時計を見て、やった、早く起きれたと歓喜する。だって今日はジンくん、お仕事お休みなんだもの。といっても普段のお休み、は構わず仕事の電話がかかってくるなんて当たり前で、結局一緒にいられないことが多い。けれど今日は違う。たまには丸一日家族と過ごしてもいいだろう、とよくわからないけど、どうにかしてスケジュールを弄ったらしい。昨日のジンくんは早く帰ってきて、どこに行こうか熱心に話し合ってくれた。無駄にはしたくない。そう思って早めに目覚ましをセットしておいたんだけど、その早めにかけた目覚ましより早く目が覚めた。もちろんジンくんは隣でぐっすり寝てる。こんなに早くては店も開いていないだろうし、もう少し寝かせてても問題はない。
ああ、そうだ。朝ごはん作ろう。いつもはジンくんが起きてきても作り終わってないもんね。今日はジンくんが起きてきたらすぐにほっかほかの朝ごはん、お腹に詰め込んであげるんだから! そして、ジンくんを起こさないように、緩く皺のよったパジャマをシーツに擦らせながらそうっとベッドから出る…はずだった。

「…!? わっ!」

パジャマの裾がぐいっと引かれて、布団の中に逆戻りする。犯人は言うまでもない、ジンくん。でもジンくんはまだ寝てる。……つまり彼は、寝ぼけてる。あとついでに、ジンくんは寝起きもすこぶる悪い。朝起きるのにどれだけかかるのか知れない。そしてぼくはよく巻き込まれる。たぶん、傍にずっとあったはずの体温がなくなったせい…とかで反射的になるんだろうけど…。

「ねえ、ジンくん。起きて? 動けないよ…」
「……………」

たまに聞こえる呻くような声と、すうすうと言う寝息しか返ってこない。布団の中に戻されて、ジンくんがぼくに凭れ掛かるようにして覆いかぶさってるような体勢になってる。ジンくん割と細いけどがっしりしてるから重たいよう。動けない。あうぅ。……あ、そういえば、目覚ましがもうすぐ鳴るはず。…ジンくん、起きてくれたらいいんだけど。

…そのあと目を覚ましたジンくんに申し訳なさそうに謝られたのは、また別の話。


**



「……ゲームセンターって、すごい音がするね」
「どちらかと言えばうるさいな」

ゲームセンターでデート、はよくあるらしい。二人で一緒に楽しめるのはなんだろう? と考えた結果がここ。どっちもあまり行ったことないし、体を動かすもの、頭を使うもの、いろいろあるから良いんじゃないか、って。
それにしても、大好きなジンくんの声も聞き取りづらいなんて…! ゲームセンター、恐るべし。

「どれがやりたいんだ?」
「えっ、LBXダンジョン以外何があるか分かんないよ…」

LBXダンジョンは最後にやりたいなーって。
とりあえず中を回ってみようか、というジンくんの提案にのってみることにした。

**


「あ、あれ可愛い!」

ぼくが見たのは、ガラスケース越しにいっぱい積まれている、やたらと耳の長いうさぎさんのぬいぐるみ。ガラスに名前らしいものが書かれてるけど…なんとかうさぎ。ごめんね、漢字は苦手なんだ。読めない。

「クレーンゲームだな」
「くれーんげーむ?」
「UFOキャッチャーとも呼ぶ。ぶら下がったアームを手前にあるレバーやボタンで操作して、景品をとるものだ」

一回100円の様だが、やってみるか? というジンくんの問いに、こくこくと頷く。投入口にお金を入れる。目標は、身体の白いなんとかうさぎさん。ピンクとか黒のうさぎさんもいるけど、ぼく的には白のうさぎさんがいちばん可愛い。左を向いた矢印のボタンを長押しすると、ぶら下がったアームも同じように動く。適度な位置で離して、今度は上向きの矢印のボタンを長押しして、目標のうさぎさんの真上に来るようにする。
ボタンから手を離したところでアームは楽しげな音楽と共に勝手に下降を始めて、白のうさぎさんをがっちり掴む。少し止まったところでアームはまた元の位置に戻ろうと上昇。うさぎさんも一緒に上昇する…と思いきや、アームの隙間からぼとりと落ちて、少し姿勢が変わった状態で元の場所へ帰る形になった。アームは最初あった位置に戻り、左右に開く。うまいこと景品を取ると、ここで景品が落ちて、下の穴から景品をゲットする、という形になるのだそう。…え、今の下ネタじゃないよ、ほんとだよ?

「残念だったな」
「うぅ……」
「…………」

ぼくがしょげていると、ジンくんが100円を投入した。そして、さっきのぼくと同じようにボタンを押してうさぎさんの上にアームを移動させる。アームががっちりうさぎさんを掴んで、上昇を始める。うさぎさんはさっきのように落ちることなく、ぶらぶらと揺れながら穴の真上まで。アームが左右に開いて、うさぎさんはぼとりと穴の中へ。
ジンくんは取り出し口からうさぎさんをとる。…あれ、ジンくんもうさぎさん欲しかったのかな? と思ったら、ジンくんはうさぎさんをぼくに差し出してきた。

「とれたぞ」
「…! ありがとう、ジンくん!」

ジンくん、ぼくの為にとってくれたんだ…! 嬉しい! うさぎさんをぎゅっと抱きしめる。これ、すごくふわふわしてる。気持ちいいなあ。改めて感謝の気持ちを込めて、ジンくんの頬にちゅっとキスを贈る。

「ユウヤ、ここは公共の場所なんだが」
「あ」

忘れてた。


**


「ふー…いっぱい遊んだね」
「そうだな…」

あのあと、ひたすらゾンビを撃つやつとか(怖かった)、おもちゃ? の銃で音楽に合わせて音符みたいなのを撃ちまくるのとか(ちょっと難しかった)、椅子に座ってひたすらハンドル切るやつとか(いっぱい壁にぶつかった)、リズム感を試すやつとか(シュールだった)、音楽に合わせて太鼓叩くやつとか(楽しいけど腕が痛い)、とにかくいっぱいやった。さすがにちょっと疲れたので、自動販売機とベンチが置いてあるコーナーで一休み。アイスクリームが売ってる自動販売機なんて初めて見たので好奇心に負けたぼくはチョコレートのアイスクリームを頬張っていた。冷たい味が身体に染みわたる。はしゃぎまくって熱のたまった身体にはちょうどよかった。

「どうしよっか」
「もう夕方だ…帰るか」
「ううー」
「あんまりはしゃぎすぎて、お腹の子に負担がかかってもいけないだろう」
「あ、そっか…」

言われてお腹をさする。お腹の子、つまりぼくは妊娠している。誰との子…って、ジンくんとの子に決まってるじゃない、もう! ジンくん以外と避妊もせずに子作りに営んだことないから!
妊娠していることが分かったのは一週間くらい前で、妊娠3ヶ月くらいとかなんとか…。まだそんなにお腹は膨らんでいない。性別もまだ分かっていないけど、どっちでも嬉しいな。だってジンくんとぼくの子なんだよ? それだけで嬉しいよ!


**


ゲームセンターを後にして、海の見える公園を通る帰り道。ぼくら以外誰もいない公園。辺りやぼくらの身体は夕焼けの眩しいオレンジに照らされて、影をより一層際立てていた。

「ジンくん」
「ん?」
「ジンくんは、この子が生まれたらどんな名前つけたい?」
「気が早いな」
「だ、だってえ」
「優しい子になってほしいかな」
「それ、名前と関係ある?」
「ある。あと性別も分からない段階で決められない」
「むー」

不貞腐れたように頬を膨らませつつも、それもそうかって納得してたりする。

ふと、海を見る。夕焼けのオレンジで照らされた海は、あの日の真っ黒な海とは違うものに感じた。遠くに見えるのは、あの事故からまた直されたのであろうトキオブリッジ。崩れ、幾多の人が下敷きになって死んでいった忌わしい姿は影を潜めている。海と公園を区切る柵に近づいて手をつく。そして、ジンくんも同じように隣に来て。

「……お父さん、お母さん、ぼくね。新しい家族ができたんだよ」

広い海の、どこで眠っているかもわからない両親に言葉を投げかける。ジンくんは口を噤んだまま。

「今度、また家族が増えるんだ……ええと、なんて言うんだっけ? そうそう、二人にも孫の顔見せてあげたかったよ」
「……ユウヤ」
「っん…ふふ」

ジンくんがぼくの身体を抱き寄せてくる。海の方を見つめたまま、ジンくんの腕に自分の腕を絡ませる。

「…ぼくの旦那さんだよ。とっても優しくて、正義感もあって、素敵な人なんだ」
「……………」

ジンくんは照れくさいのか、ちょっと顔をそらしてしまった。けど、すぐ海に向き直して、挨拶。娘さんを幸せにしてみせます、って。今度はぼくが照れくさくなる番だった。
途端強風が吹いて、海が大きく波を打つ。しばらく風に吹かれたあと、そよ風に戻った風とまだ調子の戻らない海が残されて。

「…ユウヤ、ご両親の返事はどうだと思う?」
「さあ。『娘をよろしく頼む』、だったらいいな」
「ならきっとそうだ」
「だといいなあ」
「……ユウヤ」
「なに?」
「子どもが生まれたら、またここに来よう」
「うん」
「大事に育ててやろう」
「うん」
「好きなことをさせてやろう」
「うん……ねえ、ジンくん」
「何だ」
「ぎゅってして?」
「ああ」

文字通りに正面からぎゅってしてくれるジンくん。腕の中におさまるだけですごくきゅんきゅんする。嬉しい、恥ずかしい、もっと。そんなプラスの感情がごちゃまぜになったみたいな幸福感。ジンくんの背中に自分の腕を回して、同じようにぎゅってする。そうしたらジンくんの腕の力が強くなって、さらに密着する。僕も同じように、腕の力を強める。

「かえろっか」

何度かそのやりとりを繰り返したあと、強くしすぎてどっちも酸欠になりそうだったからおしまいにした。歩き出した影が、二つの長い影を作る。影はぼくたちと全く同じ動きをする。

繋いだ手と手の間に、もう一人分の影ができるのはいつだろうか。それが楽しみで仕方なかったのは、ぼくだけじゃなかったようで。

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