本の箱。

□知らない人。
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俺の、好きな人っスか。
笠松さん、よく知らない人っスよ。

そう言われて、少しへこんだ自分に違和感を覚えた。それが、こないだの夏の話。





「ねぇ笠松、黄瀬君って好きなひといるとか、聞いたことない?」

どうしてこうなったんだろうか。俺は数名の女子に囲まれて、尋問と読んでもさしつかえのなさそうな質問攻めにあっていた。おそらく、この間のバレンタインに黄瀬が一つもチョコをもらわなかったことに起因しているのだろうが、どうして、俺に聞くか。そんなことは、黄瀬に直接聞けばいい。

放課後。帰り支度をすませ、教室を出た瞬間「笠松ちょっと来て」とクラスの女子にブレザーの裾を乱暴に捕まれて連れ去られた。さながら誘拐だった、こんな大男好んで誘拐する奴もいないだろうが。廊下の角に追い込まれて、なんなんだと見渡せば、そこには六七人の女子がいて、俺を取り囲んでいた。彼女達のねらいは、『黄瀬君の好きなひと』だった。なんで俺、とかぼそくいえば、仲いいでしょなんてとんちんかんな答えを出される。別に特別よかない。
俺がそもそも女子という生き物が苦手で、話をすることさえままならない、まず目を見ることすらできないということを彼女達はしらない。知るわけもない。むしろ知らなくて構わない。だけど。
帰り掛けのクラスメイト(しかも男)を放課後の予定も聞かずに平気でつかまえて廊下の角に追いやって質問攻めにするなんざ、正気の沙汰じゃない。と思う。女だから、と許されることでもないだろう。
ここで、もし男子なら「お前等常識ねぇのか!シバくぞ!」くらい言ってのけるのが俺だ。でも相手が女子だとなると俺は圧倒的にフリ。それに、
(黄瀬の好きなひとなんか、俺が知ってるわけねぇだろ、)
聞いてくる質問も、不躾で無遠慮だった。もし知っていると答えたら、彼女達はきっと誰だと問い詰めるだろう。見つけてどうすんだ、なんて聞くまでもない。というか、仮に彼の好きなひとを話してしまったとしてそれが俺の信用に関わるとか考えないのか。知ったこっちゃねぇか。
俺は黙ったまま事の成り行きを見ようと決めた、が、思考さえ逃げることを許してくれないのが女子だ。だからつめよるな俺の腹に手おくな下から覗き込むなあーもう!

「なーにしてんのっ、俺も混ぜてよ。」

うるせぇ!と、叫びそうになった瞬間、俺の背よりも高い位置から声がかかった。黄瀬だ。顔を上げると(俺いつの間に俯いたんだ)、女子は突然のことに凍り付いているし、さらっと笑って言ったようだった黄瀬の目は全然笑ってない。
「あれ、センパイじゃないっスか。そろそろ部活の時間っスよ?女子大勢とこんなとこで、なんの遊び?」
俺に話し掛けているのに、俺を一向に見ない。口元は笑っているのに、声は驚くほど冷たい。「ぁ、…と、…今いく、…」ようやく声が出て、俺は金縛りが解けたように小さくみじろいだ。女子に触るの怖い。特にこいつら怖い。どいてくれ、と一言言えなくて、居心地悪くいると、黄瀬の右腕がのびて背中ごと抱えるように俺の右肩をつかんだ。「え?」そのまま引き寄せられれば、当たり前のように黄瀬の胸に吸い込まれる。俺は呼吸がとまるかと思った。
「友達にいじめられる彼女を救出の図、みたいな?」
まぁ助けたのはキャプテンっスけど、なんて付け足しながら、ヘラヘラと笑って俺の体を支え、行きましょ、と耳元で低く言った。信じられない。黄瀬が。あの黄瀬が。「信じらんなぁい。」心の声を代弁したのは俺を囲んでいた女子たちだ。俺だって信じられない。

だって今日は部活は休みだ。
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