小説T

□お礼の時間
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「失礼します」

なるべく音を立てない様に渚が教員室に入る。
教員室には自身のスペースで古くなった椅子に座った烏間だけで、他の教師はいない。

「奴なら本場の白くま食べるとか言って福岡へ行ったぞ」

「英語の問題見てくれる約束忘れたのかな…」

「それなら俺が見よう」

渚の手にはいくつかの英文が書かれたプリント。
報告をPCに打った後の烏間は特にする事がない。
教員室には殺せんせーもだが、イリーナもE組の教室で女子トークを繰り広げていて帰っていない。
ビジネス英語も把握していて仕事でも用いる烏間にその問題は容易く、渚は分かる範囲だけ教えてもらう事になった。

「…どうですか?」

「時々、惜しい間違いがあるからそれに気をつければもう少し良くなるだろうな」

weatherのaが抜けていたり、「I had a strange experience」を「不思議な経験をした」でなく「経験を持った」など
小さいミスが逃される事なく烏間に一つ一つ説明されていく。

「ありがとうございました、とても分かりやすかったです」

「英語は俺の専門じゃないし、後で奴かイリーナに確認してもらってくれ」

例え専門でなくても少しでも気になる所があれば真剣になって参考書で調べようとする。
普段より時間がかかっていても、渚にとってそんな烏間の姿勢はとても嬉しいもので好感を持っていた。

「先生、お礼をしたいので目を瞑ってもらってもいいですか?」

何も疑う事なく烏間が目を閉じる。
視界を遮った事で他の感覚が研ぎ澄まされ、何かが近付いている事が分かる。
目の前にいるのは渚しかいないと分かっていたが、気になって椅子から立ち上がろうとした。
しかし肩を押さえ付けられ、その力で椅子がギッと音をたてる。

「なぎさく…んっ……!?」

返事も無く不安になった烏間が名前を呼ぼうと空いた口に小さな舌が入ってくる。
まさか、彼がそんな事をするなんてと信じられなかったが、たまに聞こえる息遣いは間違いなく渚のものだ。
烏間が止めるんだとでも言うように舌を逃れさせようとするが、離したくないと言うかの様に渚は舌を絡めてくる。

予想もしなかった生徒から与えられる快楽がいつ終わるか分からない。
まだ放課後で、他の教師も生徒も教員室に来るかもしれない。
本人の意思を無視して上げられる熱。
予想のつかない事しか無く、烏間の思考は限界に入りそうだった。

止めようと烏間が律儀に閉じていた目を開けようとすると、さっきまで絡んで離れなかった舌があっさりと解放された。
まだ烏間の体の熱は引かずぐったりと椅子にもたれ掛かっていたが、渚も同じように息は整わず、顔も真っ赤だ。

「…ビッチ先生みたいなキスは出来ないけど、僕なりに真似てみました」

「そ、そうか」

「あまり気持ちよくなかったらごめんなさい」

そう言ったまま、渚は英語のプリントを抱えて教員室を出ていってしまった。
もう烏間には渚を追い掛ける気力もない。
烏間は席を動かず、殺せんせーが戻ってくるまでずっと考えこんでいた。

止める気にもならず逆に快楽を求めようとした自分自身。
絡み付いてくる渚の舌を味なんか無いのに感じてしまった甘さ。
烏間はどちらの疑問に嫌でも答えは分かっていたものの、認めるまでにはまだまだ時間が足りなかった。




end
 

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