裏・俺の戯言

□管理人〜その後〜
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「おい、大丈夫か?」
「見れば判るだろう」
うん、見た限りは……。
明らかに大丈夫じゃない。
「私のどこがおかしい」
もうツッコむ気も起きない。
「何かもう、全部」
「失礼だな」
声も震えてるし。
「無理すんなよ」
「無理などしていない」
強情だ。頑固だ。
寒がりなのはいいだろう。そんな人捜せばいくらだっている。だからめったくそに着重ねてぶっくぶくに着膨れしているのもまぁ、良しとしよう。まだマシだ。
まず、右手と右足が一緒に出ている。歩きにくそう、っつか、緊張してる時の典型的な症状(?)だ。
次に、頭に猫が乗っている。居心地悪そうだが、猫は落ち着いてるからいいのかな。ちなみにこの猫の名前はタングステンという。俺の横を歩くこいつが勝手につけた名前だ。センスはない。
最後に、膝が曲がっていない。右手右足歩行に加えてこれじゃ、合わせてるこっちもイライラしてくる。遅いんだよ。
「学……」
「何だ」
「……何枚、着込んでるんだ?」
気を紛らわさせてやるためにどうでもいい話題をふる。
「下着を除いて八枚だ」
「うげ……暑くないか」
「まだ寒いくらいだ」
「動きにくいだろ」
「毎年のことだ。慣れている」
そんだけ着りゃあそりゃ普段より二周りも太くなるわな。下着を除いてってことは……肌着二枚、シャツ、トレーナー、フリース、ウインドブレーカーにコート二枚といったところか。着すぎだろ。しかもマフラーして手袋まで着けている。
こいつがコート二枚の下にウインドブレーカーを着ているのを初めて見た時は驚いたもんだ。コート二枚でもおかしいのに、その下に更に、だぞ?冬場どんだけ洗濯物増えるのか正直見当もつかない。
「重そうだよな……」
「失礼なことを言うな」
「ああいや、服の話さ」
「ああ……悟は寒くないのか?」
「まあな。俺は寒さには強いんだ」
「羨ましいぞ」
「代わりに暑さにはめっぽう弱い」
俺は肌着にシャツ、パーカーと大分軽装だ。俺が寒さに強いのもあるが、そもそももう三月に入ったんだから寒さのピークは過ぎている。こいつの寒がりが異様なだけだ。
いやしかし、去年の夏は地獄だった。ギプスは蒸れるしかゆいし、しかも重くて動きにくい。あんなモン二度とごめんだ。
「今更緊張したってしょうがないだろ、やることは全部やったんだ」
「誰が緊張していると言うんだ」
「どう見てもお前だ」
「私は緊張などしていない」
「よく言うよ。ならまず右手と右足を一緒に出すのをやめろ」
「……む」
今気付いたらしい。歩きにくくはないのか。
「それから、ちゃんと膝を曲げて歩け。どこの軍隊だ」
「むう」
これも今気付いたらしい。
「頭にタングステンが乗ってるのは気付いてるか?」
「無論だ」
それは知ってたか。
さて。俺達は今合格発表を見に受験した大学に向かっている。医科大学だから、もちろん医学部だ。俺は看護科を、学は医学科を受験した。受験日も発表日も同じだったから、受験当日も今日も一緒に向かっている次第だ。
まぁそんなわけで、正に今更緊張したって仕方がない。多少はするだろうが、こいつは異常だ。
学は誰がどう見ても―――本人は違うと言い張るが―――重度のあがり症だ。本番になると普段の実力からは程遠い力しか出せなくなる。こいつは成績はいいが、根っからの天才じゃない。いわゆる、努力型の秀才というやつだ。だから本番でミスって今までの努力が全部パーになるのを無意識に怖れて、緊張してしまうんだろう。
「そうだよなー」
言いながらタングステンに手を伸ばす。
「しゃあっ」
「うおぅ!」
噛まれかけた。相変わらず俺には懐かない。俺が蹴ったせいで学が怪我したのをまだ根にもってんのか。執念深い奴め、猫のくせに。てか、俺が蹴らんかったら学どころかお前も死んでたかも知れんのだぞ。感謝こそすれ、恨まれる謂われなんかない。
「まだまだ懐かないな」
「みたいだな……」
つーか、猫って本来ひっかくモンじゃないのか?猫なのに噛むってどうだよ。あ、そういや昔犬にひっかかれかけたことがあったな。逆だろ、逆。
「ほら、また同じ側の手足が同時に出てるぞ」
「……むぅ」
「もう認めろよ、お前は緊張してる。そしてお前はあがり症だ」
「…………」
一度立ち止まって歩き方を修正してから学は口を開く。
「仕方ないな、悟がそう言うなら認めよう。私は緊張している」
「そうそうそのくらい素直な方がかわいげもあるってもんだ」
また手足一緒に出てるけどな。
「素直な方が可愛いのか」
「ん?まぁ……一概にそうだと言い切れるかっつったら微妙なところかな」
「ふむ……難しいな」
「そうだな」
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