特設読み切りズ

□届く現実と、届かない幻想
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無理だと判ってた。
でも、望んだ。
私にはどうしようもないことだけど。
気付くのに時間はかからなかったけれど。
それでも、憧れた。
ほんの少しの隔たりの向こうの、あの「世界」に。





「ねぇー……」
「んー?」
机に突っ伏してだらけている少女が、その前の席で帰宅準備をしている真面目そうな少女に声をかけた。机に突っ伏しているため顔は全く見えない。もっとも、真面目そうな少女は前を向いたままなので、そうでなくても顔は見えないのだが。
「夏も終わったねぇ……」
「そうだね」
だらけている少女の言葉に対する、真面目そうな少女の返答は短い。
「ようやく涼しくなってきたよぉ……」
「夜は寒いくらいよね」
真面目そうな少女が帰宅準備を終えると同時に、だらけている少女は突然顔を上げ、がたんと椅子を揺らして立ち上がった。
「そう!夏が終われば何になる!?」
「……」
「その通り!」
「何も言ってないよ」
鞄を机に置き、真面目そうな少女は振り返る。
「秋、だね」
優しく微笑んで、そう言った。



少女の名は、東野園美。とうの、と読むのだが、今まで幾度となくひがしの、と間違えられてきた。それも慣れたが。
「───でね、絵美里」
「うん」
「秋って言えば、色々あると思うの!」
「そうだね」
園美と仲良く話している真面目そうな少女は、桐ヶ名絵美里。この珍しい名字を、絵美里は密かに気に入っている。
二人は今、高校からの帰り道を歩いている。一年生の時にクラスで知り合って、二年生でも同じクラスになれた。出会った当時は園美に近寄りづらかった絵美里も、今では何の気兼ねもなしに隣で歩ける。
普通なら、活発に動き回るのが得意な絵美里は園美に近づきがたいというのはないはずだった。だが、園美は何をおいても───

美人だったのだ。

腰まで伸びる栗色の髪は枝毛一つなくさらさらしていて、目鼻立ちも整っている。薄い唇に、白い肌、長い足。瞳は大きく、まつげも長い。
よく学園もののマンガやドラマで聞く、校内一のマドンナとかいうのは、こういう人のことを言うのだろうと思ったものだ。容姿もスタイルも目立った特徴がなく、真面目なだけが取り柄の絵美里とは大違いである。
ただ一つ、園美の見た目に関して欠点があるとすれば……。
(…………)
貧乳、である。もちろん、ただ大きければ良いというわけではないことは判っているし、小さい方が好きだという人もいるだろう。しかし、それにしても少しなさすぎではないか、と思うほどだ。
そして園美には、もう一つ特筆すべき特徴があった。
「まずね、『食欲の秋』!」
「園美は年中食べてるじゃん」
「で、『運動の秋』!」
「スポーツ、ね。ていうか、園美は運動からっきしでしょ」
「『アートの秋』!」
「芸術でしょ……何で英語にするのよ」
「でもあたしはやっぱりー、これッ!」
園美は鞄の中を絵美里に見せた。中には文庫本がぎっしり詰まっている。教科書類はどうしているのだろうか。
「えっと、『読書の秋』?」
「ノンノンノン!」
園美はちっちっち、と人差し指を振る。
「だって、本じゃん。教科書どうしてんの?」
「本の内容をよく見るべきなのデスヨ絵美里サン!」
絵美里は大量の文庫本の中から一冊取りだして、表紙を見てみる。何やらとても可愛い女の子が奇妙な服を着て笑っている絵が描いてある。
「……うんまあ、園美がまともな文学を嗜むとは思ってなかったけどさ。見え見えだったけどさ」
「そう、お察しの通りこれは全部ライトノベル!というわけであたしは……『オタクの秋』ー!」
東野園美は、自他共に認めるオタクだったのである。
「聞いたことないし……って、園美は食欲と同じく年中オタクしてるじゃん」
「絵美里、ライトノベルがまともな文学じゃないってのは偏見だよ?」
「見事なスルーっぷりね」
「ライトノベルは───」
「あーハイハイ。判ったから。ごめんごめん」
ここで園美に語らせることを許してしまうと、非常に長くなる。一年半友達を続けて判ったことの一つだ。ライトノベルだけでなく、自分に興味のある話をさせると園美は余程のことがないと止まらない。
これ以上オタクな話を続けられても絵美里はついていけないので、話題を変えることにする。
「結局、教科書はどうしてるの?」
「置き勉!」
「……ま、いいけど」
まず、この量のライトノベルを軽々持ち運べる力がこの細い腕のどこにあるのだろうか。
(好きなものに関してはホント無敵なんだから……)
おそらく、同じ重さの鉄アレイを持たせたらすぐに落としてしまうだろう。
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