特設読み切りズ

□犬ごっこ
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その子は、死んだ目をしていた。死ぬということを本気で考えかねない目だった。
別に放置して勝手に死んでもらっても全く問題はない。だが、目が合った人間が次の日に死体で見つかりました、なんてことになると後味が悪い。
でもそれも、少し気分が悪くなるのを我慢すればそれでいいだけの話だ。それに、その子が自殺をすると決まっているわけでもない。
面倒だ。実に面倒だ。手を出せば更に面倒なことになるに決まっている。
しかし。
「……お前、うちに来るか?」
彼は、手を差し伸べていた。



彼の名は、望月玲二といった。高校卒業以降、大学にも専門学校にも通わずに迷うことなくフリーターになった。理由は、
「自由だから」
という安直なものだった。だが、彼の身体は人一倍強く、これまで病気という病気はしたことがなかった。これでもかというほどの数のアルバイトをこなし、より自由を満喫するために去年の暮れから一人暮らしを始めた。
お金はある程度貯まっていた。アルバイトで稼げるお金は数が多いとはいえ知れている。それでも、人一人が割と贅沢に過ごすくらいの給料は毎月手に入れていた。
引っ越しの後は、家賃や光熱費、食費の関係もあり贅沢度は下がったが、一人で生活する分には全く問題なかった。
「ふんふんふーん……ん」
彼が夕飯を作ろうと鼻歌を歌いながら冷蔵庫を開けると、予想外に食材が少ないことに気付いた。
「……しゃーねーな、スーパー行くか」
行きつけのスーパーマーケット―――ちなみに、バイト先の一つでもある―――に足を運ぶことにした。アパートを出て鍵を閉め、近道なので公園を突っ切る。
「……ん?」
ベンチに、誰かが座っていた。別段珍しいことではないが、その座っている人物は毛布にくるまりベンチに三角座りしていたのだ。多少離れているが、遠目からでも震えていると判る。
「…………」
この辺りにはホームレスが割と多い。彼はそういった人々とも少しばかり交流があったので、おそらく慣れない新入りあたりが寝床を見つけられずに困っているのだろうと適当に考え、その場を後にした。



「ちぃーっす」
「おや、玲二君。今日は何をくれるんだ?」
彼はスーパーに行ってから、知り合いのホームレスを訪ねていた。木の廃材やブルーシートで作られた住処に臆することなく侵入する。
「ははは、やだなあ。誰もあげるなんて言ってませんよ。交換、です」
「君が要求するものなんてタダのものばかりだからな。実質もらっているだけだよ、だっはっはっは」
ホームレスは豪快な笑い声をあげた後、彼に向き直った。
「で、今日は何を訊きたいんだ?」
「まあ、大したことじゃないんですけどね。この辺に、最近新入りのホームレスは来ませんでしたか?」
「新入り?一番最近のは……上木田のジジイだが」
「あれ、上木田さんですか」
それなら彼も会ったことがある。ガタイがよくてその歳とは思えないほど元気な老人だった。先ほどベンチで震えていたのとは明らかに違う。
「何だ、気になる奴でもいたのか?」
「いえ、別に。じゃあそれだけなんで、はいこれ」
彼はスーパーの袋から缶ビールを取り出してホームレスに渡した。
「おっ、悪いねぇ」
「いやいや、ありがとうございます。また来ますね」
「毎日来てもいいぞー、だっはっは」
「ははは」
最初はこのようにはいかなかったが、最近ではホームレス達は彼に明確な好意を抱くようになっていた。ただの同情心で、上から目線で施しを行う人間と違い、彼は対等に付き合いをする。
何かをもらわなければ何も渡さないし、手を貸すこともしない。彼がホームレス達に要求するのは主に「情報」だった。裏の事情や警察に関しても色々と詳しいホームレス達の情報は、彼にとっても有益なものだった。
「……で、その中でも一番の情報通である波原のオッサンが知らないとなると……」
また公園を通ってみると、まだ先ほどの人物がベンチで震えている。
「あいつは一体、誰なんだ?」
いくら暖かくなってきているとはいえ、吹きっさらしのあんな場所で寝てしまっては凍死はせずとも風邪を引く。というか、あれだけ震えているのならもう引いてしまっていると考えてもいいだろう。
「…………」
彼はその人物に近づいてみた。離れたところから見ても小柄だと判ったが、近づいてみると顕著に判る。さらに頬はこけ、顔色は非常に悪い。今にも死にそうだ。
「…………」
その人物が顔を上げて彼を見たとき、彼は驚きに目を見開いた。その人物はまだ年端もいかない女の子だったのだ。
そして、その子の目は、死んでいた。
彼は、与えたら貰うがモットーだったが、この時ばかりはこだわりを捨ててしまった。
「……お前、うちに来るか?」
それが彼、望月玲二と、その子、飯村美々との出会いだった。
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