特設読み切りズ

□星の神子
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「あーやべぇ、すっかり夜じゃねぇか」
大きめのナップザックを持った少年が、思わず独り言を漏らしていた。
少年の名は、神白河武といった。わけあって旅をしている。旅を始めてからは名前を名乗ることもほとんどなくなった。彼は町から町へ、村から村への根無し草なので、名乗るほど誰かと深い関わりを持つことがなくなったからだ。
そんな武が今向かっているのは、とある村。山を一つ超えるつもりでいたのだが、ふもとについた時点で夕方だったので一泊しようかと考えていたところ、町の住人からこの辺りに村があるという情報を得たのだ。
しかし村は一向に見つからない。夜の山道はそれだけで危険なので、早いところ見つけて宿を取りたいところだ。
「くっそーこれならふもとで一泊すりゃよかったぜ……。村の名前は確か……霜降り村、だったか?なんつー美味そうな名前だよ」
誰かに対するツッコミなのか、愚痴なのかももはや判らない。いずれにせよ、武の言葉を聞いている者はここにはいない。
ふもとで一泊していれば、朝から出発すれば日が暮れるまでに山を越えられただろう。村より町の方が宿代が高いとはいえ、背に腹は代えられない。そして武が引き返そうかと考えていた矢先。
「ん」
曲がりくねった山道を歩き続けて数時間。ようやく村が見つかった。
「おお、やっと着いたぜ」
すっかり日は暮れているが、真夜中というわけではない。実際、明かりのついている民家もある。これなら宿屋を見つければすぐにでも休めそうだ。
「しかし、『霜降り』の要素が見つかんねぇな。牛や豚がいるわけでもないし」
宿屋を探して歩くが、なかなか見つからない。小さな村だが山の中腹にあるので、旅人の需要があり数はそれなりにあるだろうと思っていた武は、疲れと空腹でだんだんイライラしてきた。
「……ん?何だありゃ……寺?」
木の生い茂った奥に、寺と呼ぶには小さく、祠と呼ぶには大きすぎる古い建物がぽつんと建っていた。
「ま、いいや……宿、宿っと」
またしばらく村を散策していると、ようやく目当ての施設が見つかった。
「あ、あったあぁぁ……!今日は野宿しないで済むぜ……」
ふかふかベッドなどはさすがに期待しないが、布団と寝袋では寝心地に雲泥の差がある。武は、宿代の九割はその寝心地代だと思っている。残り一割は、場所を借りるのと食事などだ。食事はないところもあるが。
「すんませーん」
「んぁ」
引き戸を開けると、目の前には武とさほど歳の変わらない女の子がアイスキャンデーをくわえていた。薄着で頭からタオルをかけているので風呂上がりだろうか。どうやらこの宿は自宅も兼用しているらしい。
「おお、人だ」
「あ、ども」
目のやり場に困るが、相手は気にしていないようなので武も気にしないことにした。
「旅の人?若いのに」
「まぁね。一泊お願いしたいんですが」
「おっ母ぁー!客!金ヅル!」
「金ヅル言うな」
あんまりな物言いに思わずツッコんだ武だが、女の子は完全に無視だった。
ほどなく、女の子の母親と思われる女性が現れる。
「これはこれは。ようこそいらっしゃいました」
「ええ、どうも。一泊いいですか?」
「もちろん」
「よかった!ちなみに……いくらですか?」
「4万円です」
「は!?」
無駄に高い。ある程度は仕方ないと思っていたが、財布の中身を全部出しても足りない。
(何でこんな寂れた村のしがない宿がそんなに高いんだ!どこのホテルだよ!)
と思い、考えてみればこの村の名前は霜降り村だったと思い出す。出される食事が一級品で、夕食と朝食があるなら―――それでもまだ高いが―――納得できなくはない。
「それ、食事代込みですか?」
「ええ」
「食事抜いたらいくらです?」
「3万円です」
「…………」
武は開いた口が塞がらなかった。まさかこんな村に超高級ふかふかベッドなどないだろうし、何故こんなに高いのかまったくの謎だ。
「すいません、いいっすわ……他当たるんで」
やむを得なかった。高いと文句を言ってもどうせ無駄だろう。こういう村は仲間意識や縄張り意識が強いのだ。余所者は早く追い出すために徹底的にのけ者にする。
暗いオーラを纏い、肩をがっくり落として武は宿屋を出た。
「……おっ母、いい加減余所モンだからってあからさまに追い出すのやめたら?」
「うるさいね、黙ってなさい」
「宿屋なんて余所モンの為の施設みたいなモンじゃん。本来の値段でも、この村じゃわざわざ金払ってまでこんなとこに泊まりたがる人いないよ?」
「いいから、もう寝なさい」
「まだ早えーっての」
宿屋の女の子は棒だけになったアイスキャンデーをゴミ箱に放り込み、自室へと戻った。
「……誰も泊める気ないんなら、宿屋なんてやめりゃいいのに……」



「あぁ〜……俺の快適な睡眠が……」
ざっと見て回ったが、宿屋は他にないようだ。どうやら野宿になりそうである。
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