特設読み切りズ

□頭ではなく、心に残る記憶
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暖かくなってきた。
何なんだろうな、確か去年は四月になってからも雪が降るくらい寒かったりもしたのに。今年は入学式を待たずして桜の開花前線はこの町の目前にまで迫っていた。
僕はこの春晴れて大学生になる。高校の卒業式から大学の入学式までのぽっかり空いた時間に、引っ越しを終えてしまおうと考えているわけで。
まぁ、バイト探したり車の免許取ったりとか他にもやることは満載なんだけどさ。とりあえずは引っ越し。
実家からは電車と徒歩で三時間弱。無理をすれば通えなくもないけど、それじゃバイトもできないし何より授業が一限目からある時、朝が辛い。それに僕は一度一人暮らしを経験してみたかったから、父さんと母さんに頼み込んで了解を得た。
「今日はありがとうね、二人とも」
荷物はもう下宿のアパートに届いてる。整理とか、一人でするの大変だし地元から助っ人を呼んだんだ。小さい頃から一緒にいた幼なじみが二人、それからまだ到着していない、地元の大学に通ってる姉さんの三人。僕も入れたら四人だ。これならだいぶはかどるだろう。
「気にすんなって!」
「ま、俺らも暇だったしな」
「はぁー?お前年中暇だろが」
「人のこと言えんのかお前。あーあー受験に失敗しちゃった羽柴君は暇じゃないですねー」
「ンだとてめェ!」
「ちょっ、ちょっと二人ともやめてよ」
昔からこの二人はよく喧嘩する。どうでもいいことでね。でまぁ、毎回僕が止める役目なんだけど。
「「キョースケは黙ってろ!」」
「黙らないよ!」
このやりとりももう何回目だろうか。
「もう、舞人のそのすぐキレる癖、なんとかしてよ。翔太も、今舞人にそれを言うのはひどいんじゃないかな?」
すぐ怒って、腕っ節のいい方が羽柴舞人。舞人って何だか女っぽい名前だなーとか思ったりもするけど、それを言うと舞人はめっちゃ怒る。
で、クールですらっと背が高いのが成宮翔太。翔太は本当に、本っ当〜に、人を怒らせるのが上手い。世界で一番いらない特技だと思う。
舞人はもとより、翔太もかなり力持ちだから、華奢で小柄な僕にできない力仕事を今日は頼んである。二人とも快く引き受けてくれた。
そもそも何でこんな意味の判らないトリオができちゃったか極めて謎なんだけど、もう本当に小さい頃に出会ったから、初対面のことなんて全然覚えていない。
「…………」
「……ま、そうだな。悪かった」
「お、おう。俺も悪かったよ」
ひねくれてる二人で、先生の言うこともまともに聞かない問題児だったけど、なぜだか二人とも僕か姉さんの言うことは大人しく聞いてくれる。助かるんだけど、できれば他の人の言うことも素直に聞いてほしいところかな。
「姉さん、遅いね。一緒に来なかったの?」
「ああ。何か朝に『先に行ってて』ってメールが来てな」
「先に始めとこうぜ」
「うん、そうだね」
ちなみに二人は僕をキョースケと呼ぶ―――そのせいで僕のあだ名はそれで即決定だった―――けど、本名と一文字もかぶっていなかったりする。
僕の名前は漢字で書くと志摩京太。志摩はまぁいい。でも、下の名前はケイタって読むのに二人はキョウタって思っちゃって。で、「キョウタって何か変じゃね?」とか全くわけの判らない理由でキョースケに強制変更。いいけどさ、別に。



二階建てのアパートの一階。三人の幼なじみはドタバタと引っ越しの整理をしていた。
「キョースケ、これどこに置くんだー?」
「ああ、そこの角に置いて」
舞人と翔太が大きな荷物を担当し、京太は細かい荷物を整理しながら二人に指示をとばす。
「っ……キョースケ、電子レンジは買い換えた方がいいんじゃないか。これ古いし重いぞ」
「あぁー……そうかもね。今度新しいの買うよ」
昔から一緒にいたので、息はぴったり。作業は順調に進んでいた。
「ごめん、遅れたー!」
そこに、京太の姉である志摩郁美が京太の部屋にやってきた。財布と携帯だけ持ってきた舞人や翔太と違い、何やら大きな荷物を持ってきている。
三人ともそれが何なのか多少気になったが、どうせ郁美は気持ち悪い笑みを浮かべるだけで教えてくれない。昔からそんな感じだったし、もはや詮索は無駄だ。そのうち話してくれるので、荷物の方は無視しておく。
「姉さん、何してたのさ」
「んー、ちょっとね。急げば舞人と翔太と同じ電車に乗れると思ったんだけど、無理だったなー」
「郁美はキョースケと細かいのやっててくれなー」
「んー」
郁美は部屋の端の方に追いやられているちゃぶ台に荷物を置いて、京太と共に小さな荷物の整理に精を出し始める。
「あれ?おっかしいな」
「何?」
「京太、家に忘れ物してるんじゃない?」
「え?そうかな。何か足りない?」
郁美は本の類が入っている段ボールを探りながら京太に言う。
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