特設読み切りズ

□命の管理人
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またも唖然。いや、今度は少し違うか。
呆然だ。
普通、転校生っつったらクラスに馴染もうとするだろ。
普通はな。
なのに何でこの井ノ本さんは自ら孤立するようなことを初っ端から言い出すのか。
「……あ、じゃあ席は……」
「何故だ」
「は?」
「何故私がお前の指定した席に座らねばならん」
「いや……」
「答えられないのか?」
まるで新しく聞いた単語の意味を訊ねる子供のように井ノ本は教師を困らせる。
「座ってもらわないと、一時限目の授業が始められないので……」
「そうか。それは大変だ。ならば座るとしよう」
そう言って、井ノ本は教師に指定されるまでもなく空いている席に鞄を置いて腰を落ち着けた。
綺麗な座り方だ。背筋をぴんとのばし、手は軽く膝の上。足も揃ってる。もはやお手本のような姿勢だ。
「悟……」
「な、何だ」
前の席から亮太が話しかけてきた。
「アレ、ちょっとおかしいんじゃね?」
「ああ、おかしい」
まったくもって同感だ。頭イカレてる。あんなことする理由が全然判らない。

でも、何でなんだろう。
俺はそんな頭おかしい転校生と、
仲良くなりたい。
そう思った。



滑った。
別に、自己紹介のことじゃない。あれはまぁ、計画通りというか、上手くいった方だろう。これで誰も私に寄ってこないはずだ。
滑ったのは、編入試験だ。
本当はAクラスに入るつもりだったのに、2ランクも下のCクラスに入る羽目になってしまった。思わぬ失態だ。それはもう大失態だ。
だが、別にいい。Cクラスでも一年間頑張って勉強すればAクラスと同等以上の大学にくらい入れるだろう。クラス自体にこだわりはない。
この学校は進学率は高くないが、レベルの高い大学に進学する生徒は多い。成績順のクラス分けという制度が功を奏していると言えるだろう。だが、入学の門はとかく広く、学費はとかく安い。だからHクラスやIクラスのようなゴミが集まってくる。そいつらが学校全体の進学率を下げているとも考えられる。忌々しい。関わらない方が吉だ。
私には目標がある。医者になることだ。
両親に話すと、苦笑いしていた。私ならば医者になること自体はそう難しくないだろうが、医者という仕事には性格上向いていないそうだ。
私は人と話すのは確かに苦手だ。だから私は、患者と話さない、手術専門の外科医になりたいと言った。
もちろん、手術だけして患者と全く話さない医者なんていない。ただ、そんなのがいてもいいな、と思っただけだ。そのうち、人と話すことも練習していけばいい。
「やめとけって……」
「いや、俺は行く」
他人と話す機会自体そうそうないが、こんな夢の話などおいそれと話すものじゃない。だからこのことを知っているのは私を除いて両親だけだ。
「俺は止めたからな」
「ああ」
それに、話したところで失笑されるだろう。向いているとか向いていないとかじゃなく、夢の話を目を爛々と輝かせて話すのは恥ずかしいというのもある。私にだって、人並みに羞恥心はあるのだ。
「井ノ本」
そろそろ一時限目の授業が始まる。確か最初は英語のグラマーだ。どの程度の授業をするのか、教師の手腕を確かめる必要がある。それによって授業を真面目に聞くか自主学習で進める時間にするかを見定めるのだ。
鞄からノートと教科書を出して広げる。教科書の内容はそれほど難しいことが書いてあるわけではない。それこそ、教師がどう教えるかで生徒の理解度や授業の進行度が決まる。
「無視された……」
「な、だから言っただろ?」
「……?」
今さっき、名前を呼ばれた気がした。だが、周りを見渡しても私に目を向けている者はいない。気のせいだろうか。まあいい。



「やめとけって……」
「いや、俺は行く」
さっきからぴくりとも動かず正面を見据える井ノ本。誰もやろうとしないのなら、俺が最初に話しかけてやる。
すっくと席を立ち、いざ戦場へ!
「俺は止めたからな」
「ああ」
斉藤君よ、貴様如きが俺の意志を曲げられると思うのかい。俺は進む。
そもそも、転校初日でクラスに馴染みたいと思ってないわけがないんだ。寂しいに決まってる。さっきのは照れ隠しなんだ、そうに違いない。
「井ノ本」
意を決して話しかけた。
……けど、井ノ本は鞄から教科書とノートを出して広げ始めた。一限目の用意か。
俺はとぼとぼと自分の席に戻った。
「無視された……」
「な、だから言っただろ?」
くっそー、井ノ本学め!こうなったら意地でもあいつと友達になってやる!
俺があいつと友達になれるかどうか、亮太と賭けでもしてみるか。無論、俺はなれる方に賭ける。
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