特設読み切りズ

□犬ごっこ
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「何じゃそりゃ」
親も家もないと言うのだから、玲二は絶対に施設から抜け出してきたのだろうと思っていた。それならばその施設に電話なりなんなり連絡して迎えに来てもらえばそれでこの問題は解決だ。
「本当か?嘘はついてないな?」
「…………」
無言だが、はっきりと頷く美々。他に参考にできるものがない以上、信じるしかない。
「……参ったな……」
(厄介なモン拾っちまった……)
大失敗である。
「詳しい経緯は訊いてもいいか?」
「…………」
美々は黙ってうつむいてしまった。
「判った。じゃあ、そうだな……しばらくここに居ていい」
「……?」
「俺がお前を引き取ってくれる施設を探してやる。見つかるまで、ここに居ろ」
乗りかかった船だ。放り出してまた公園のベンチでガタガタ震えるようなことになったら可哀想なので、玲二は仕方なく美々の面倒を見てやることにした。
「ただし」
「?」
「俺は『与えたら貰う』がモットーだ。今回の服の洗濯、メシ、シャワーはまぁサービスしておいてやるが、しばらく居座るならそれなりのことはしてもらう」
「…………」
こくりと頷く。
「素直でよろしい。じゃ、教えなきゃならないことがいくつかある」
「…………」
また頷く。
「ゴミの日は、月曜日と金曜日だ。燃えないゴミは水曜日。OK?」
「…………」
頷く。
「空き缶は持って行く場所が決まってる。しばらくたまるまで待つことにしてるから出さないように」
「…………」
頷く。
「掃除機はない。他の部屋に音で迷惑がかかるからな。掃除は音の鳴らないハンディモップとかでやる」
「…………」
頷く。
「俺はフリーターだ。バイトでこの部屋を空けることはよくある。というかほとんどだ。だが、暇かも知れんが一人ではここを出ないようにしろ」
「…………」
頷く。
「お前ホント素直だな。わんって言え」
「…………」
首を振る。
「……まぁ、出るな云々ってのは、この辺はサツが割といてな。補導されたら困るだろ。軟禁されてるとか思わないでくれよ」
「…………」
頷く。
「洗濯機は全自動式だ。後で説明する」
「…………」
頷く。
「冷蔵庫の中は基本的に食っていい。調理場も自由に使え。ただし、食い過ぎと酒はダメだ」
「…………」
頷く。
「よし。こっち来い、洗濯機の使い方説明する」
脱衣所に誘導。洗濯機は今美々が着ていた服とまとっていた毛布を洗っている最中だ。
「今は特別だが、本当は夜には動かしたらダメだ」
「…………」
頷く。
「洗剤はこれ。当たり前だが洗濯物の量で使う量は変わるから注意な」
「…………」
頷く。
「洗濯物の量を選んでこのスタートを押せばあとはこいつがやってくれる。簡単だろ?」
「…………」
頷く。
「こんなもんかな……ゴミの日はいつだった?」
「……月曜日と、金曜日……」
「燃えないゴミは?」
「……水曜日……」
「よし」
覚えが早くて楽だ。玲二はまた美々を誘導し居間に戻ってきた。
「俺はお前の引き取り手を探す。その間の面倒を見る。代わりに、お前には家事をやってもらう」
「…………」
美々は頷く。
「よし。『交換』、成立だ。短い間かも知れないがよろしくな」
言って、玲二は手を差し出す。
「……よろしく」
美々は差し出された手を握り返した。
この日から、玲二と美々の奇妙な同棲生活が始まったのである。この日の夜にバイトが入っていなかったのが果たして良かったのか、悪かったのか。



次の日。前日からもしかしたらと思っていたが、やはり美々は風邪を引いていた。
「ったく、調子悪いんなら言えよな」
「…………」
弱々しく頷く。
先ほど熱を計ってみたら、三十八度五分だった。割と高熱だ。
「いいか、俺はバイトに行くがお前は今日家事はしなくていい。今のお前の仕事はその風邪を早く治すことだ」
「…………」
また頷いた。意識はしっかりしているようだ。
「じゃ、行ってくる。間違っても外には出るなよ。誰か来ても居留守しろ」
「…………」
頷く。
「食欲が出たらそのチンするご飯でおかゆでも作れ。じゃあな」
病人を一人残して出て行くのは気が引けるが、休むわけにもいかない。玲二は後ろ髪を引かれる思いで部屋をあとにした。



「はぁ……」
「何だ望月、ため息なんかついて」
玲二がため息をつくと、バイトの先輩が話しかけてきた。
「ああ、いえ」
バイトをしていれば気が紛れるかと思っていたが、やはり残してきた美々のことが気に掛かる。無理を言って休むべきだっただろうか。
「ちょっと昨日ね、えーと……」
女の子を拾った、とは言えない。
「犬を、拾いまして……」
(……似たようなモンだよな)
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