特設読み切りズ

□届く現実と、届かない幻想
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今度何キロまで持てるのか測ってみようかと絵美里が考えていると、園美は何となく寂しげな声を発した。
「あたしはねぇ……」



これだけたくさんライトノベルを持てるんだから、他のことに役立てればきっと凄いんだろうな、色々と。今度重さ測ってみようかな……。
「あたしはねぇ……」
園美が唐突に口調を変えた。まぁ、この子の突拍子のなさにはもう慣れたけど。
「秋って、始まりの季節だと思うんだぁ」
「そう?どうして?」
園美から聞いた、「季節」のあるゲームやマンガ、ライトノベルでは秋から始まる話は少ない。というか、ほとんどなかったはず。オタク基準じゃないのかな。
冬なら元旦があるし、文字通り一年の始まりだ。春は入学シーズン。新しい生活が始まる人は多い。夏は活気があるし、恋や友情が夏に始まるって話はよく聞く。
でも、秋はどうも思いつかない。新学期、というのも何だかしっくりこないし。
「だって、夏は全てが終わるから」
「え?」
夏が終わりの季節だということなのかな。それもあんまり聞かないけど……。
「アレじゃん、一年が始まったら目前に冬休みがあるって素敵じゃない?」
急に普段のテンションに戻った園美が、笑顔で訊いてきた。
「え、まぁ……ね」
「はぁ〜、今年の秋は何が始まるんだろう!楽しみだなぁ!」
「うーん……」
そう言えば秋は番組編成が入れ替わる時期だ。私は興味ないけれど、オタクな園美は新しく始まる深夜アニメとかに心躍らせているのかも知れない。
でも……。
さっきの、独り言みたいな園美の口調は何だったんだろう。少し気になる。
夏……に、何か終わったのかな。何かって何だろ。
「園美はこの夏、」
「あ、じゃあ絵美里、あたしはここで」
気付いたら、もう別れ道だった。園美は無邪気に笑いながら手を振ってくる。
「うん、また明日……」
まぁ、明日訊いたらいいや。今日は早く帰ってお気に入りのドラマの最終回が始まる前にお風呂に入ってご飯を済ませてしまおう。





寄ってきた。皆。
見てなかった。私を。
私に寄ってくる皆は、私に寄ってくる皆を見てた。
皆の真ん中にいるのに、一番浮いてた。
でも───あの「世界」は、違った。





次の日。
昨日のことなど全く覚えていないのか、はたまた意図的に隠しているのか不明だが、園美はいつもと変わらずぽわぽわした雰囲気だ。
「おはよぉ絵美里ぃ」
ただ、目が少し血走っている。寝不足に違いない。
「うん、おはよう……って、ひどい顔だよ?どうしたの?」
「昨日あんまり寝てなくてぇ」
やはり、昨日大量に持っていたライトノベルが原因だろうか。
「ラノベ読んでたのね……」
「違うよぉ。ちょっとだけのつもりでやってたら、ゲームが止まらなくてぇ」
「同じようなものよ。オタクもいいけど、ほどほどにね?体壊すよ」
「それがね、すっごい泣きゲーでさぁ……」
目が腫れているのは寝不足だけが原因ではないようだ。言われてみれば、目の下に泣き跡がついている。
「ふあぁ〜……」
大あくび。園美は自分の席に着き、鞄を机の横にひっかけた。一瞬、その方に机が倒れそうになる。だが、園美がすぐに体重をかけたおかげで倒れずに済んだ。置き勉をしていて重いはずの机が倒れそうになるほど鞄は重いのだろう。今日も無駄に大量のライトノベルを持ってきているらしい。
「寝るぅ」
「全くあんたは……」
園美は机の中からノートを出して広げ、筆箱から消しゴムとシャーペンを取りだした。
「?」
次に、今度は鞄から三十センチの定規を出して机に立て、顎と机で挟んで頭の位置を調節。シャーペンを右手に持つとそのまま寝てしまった。
「何か……シュールよね」
カモフラージュのつもりのようだ。園美と絵美里の席は教卓から遠いので、確かに教師から見れば真面目にノートを取っているように見えるだろう。
と、ぱさりと園美の懐から紙切れが一枚落ちた。やれやれと絵美里が拾って机に入れようとするが、あまりに教科書がぎっしり入りすぎていて入る余地がない。
「……どっからそのノートと筆箱出したのよ」
返事がないことは判っていても、口に出してしまう。
「ふぅ。一体何の紙かしら」
どうせ園美は怒らないので、中身を見てみることにする。
そして、紙を広げて見た絵美里はため息をついた。内容はこうだ。
『放課後、教室で待ってます。伝えたいことがあるので来て下さい』
典型的なラブレターである。
「またか……」
園美はその容姿のおかげで、男子からの人気が非常に高い。しかし園美にはその気は全くない。絵美里に対して以外は対人恐怖症なのだ。
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