特設読み切りズ

□届く現実と、届かない幻想
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それは最近に始まったことではない。絵美里が園美に初めて話しかけるまで、園美は自己紹介以外で声を発することはなかったし、最初は絵美里に対してすらびくびく怯えていた。何か理由があるのか知らないが、それを訊くということは園美の過去に踏み入ることを意味する。せっかく仲良くなったのに地雷を踏んでしまうのは嫌なので、絵美里は訊かずにいた。
(私も、怯えてるのかな)
絵美里は園美と違って友達は多い。絵美里が園美以外の友達と仲良く喋っているのを、園美はいつも寂しげに見ていた。絵美里がその様子に気付くと、慌てて学校に持ってきたマンガかライトノベルか携帯ゲームに目を落としてしまう。
仲間に入りたいのであれば仲を取り持ったりもできるし、園美ならすぐに仲良くなれるだろう。だが、それを園美自身が言い出すまで絵美里は待つことにしていた。そんなところまで世話してやらないと何もできないようでは、これから先きっと苦労する。絵美里も、いつまでも園美の側にいてやれるわけではないのだ。
(放課後、か。いつものパターンだろうけどね……)
こういう手紙をもらったら、指定の場所には必ず絵美里がついていく。むしろ、園美が絵美里に嫌々ついていっている感じだ。そして園美は絵美里の後ろに隠れてびくびくしているだけ。園美には誰とも付き合う気はないということを、相手の男子に絵美里が伝える。
怯えきっている園美を前にして、それ以上何か言ってくる男子は少ない。それでも強引に彼女にしようとしてくる輩はいるが、近づいたり少し大きな声を出したり、ましてや触ったりしようものなら、園美は普段の運動能力からは想像できない速さで一目散に逃げ出してしまう。
この外見なら、彼氏の一人くらいいてもいいのでは、と絵美里は思うが、園美の性格上仕方ない。それに、園美は現実の男の話を全くしない。二次元にしか興味がないらしい。
(高校入って一年半か……もう半分過ぎたんだなぁ。あと半分で、この子の対人恐怖症、治ればいいんだけど)
やはり最初は背中を押してやる必要があるのだろうか。
「さてと、授業の用意っと」
昨日、帰り際に訊こうとしたことなど、絵美里はきれいさっぱり忘れていた。



何だか顎が痛いなぁ……。
「ん……」
あたしを呼ぶ声も聞こえる。絵美里の声だ。
「園美、昼休みだよ」
昼休み……。
「んん……ふあぁ〜……。おはよぉ」
「うわ」
「?」
上げたあたしの顔を見て絵美里は驚いている。それから急に吹き出した。
「ぷふっ」
「はえぇ?」
どうしたんだろう。
「顎に、定規くっついてる」
「あ」
本当だ。そう言えば、ノートを取っているように見せるためにこれを支えにして寝てたんだ。右手にはちゃんとシャーペン持ってるし。
定規を取って鞄に戻す……けど、うわぁきっと顔に変な跡ついてるんだろうなぁ。どうしよう。
ま、いいや。
「絵美里ぃ学食行こぉ」
「へ?いいけど……今日は購買じゃないの?」
「うん、昨日のゲームさぁ、学食でご飯食べるシーンがやたらと多かったんだぁ。見る度にお腹減っちゃって困ったよぉ。そんでまぁ、たまには学食で食べてもいいかなーなんて思ったりねぇ」
「ゲームの影響か……」
絵美里はうんざりしている。だって、好きなものはしょうがないよ。どうしてあの良さが絵美里には判らないのかなぁ……。
覚醒してきた頭で考えると、うんざりといえば何か憂鬱なことがあった気がする。えーと、何だっけ。
「あ、そうだ絵美里ぃ……」
「コレでしょ?」
絵美里はピッと紙切れを人差し指と中指で挟んであたしに見せた。いつの間に……。
「うん……」
「私がついて行ってあげるから」
「ありがとぉ……」
全くしょうがない子ね、と苦笑しながら絵美里は立ち上がった。学食に行くのだろう。あたしが提案したんだ。
程なく地下の学食に辿り着く。
「混んでるねぇ……」
覚悟はしていたけど、人がたくさんいるのはどうしても怖い。やっぱり購買にしようかなぁ……。
「ほら園美、何してんの」
「わゎ」
絵美里があたしの手を掴んで券売機の列の最後尾に引っ張った。たぶん、きっと、おそらく、絶対、すぐあたしの後ろに誰か並ぶだろう。
こ、怖い、けど、絵美里に後ろについてもらったら今度は目の前に知らない人が……。
うわぁー、どうしようどうしようどうしようどうし
「園美」
「ふひゃああぁぁ!?」
「わ、どうしたの?ごめん、おどかしちゃった?」
「え、絵美里かぁ……びっくりしたよぉ」
「何に驚いたのか判んないけど、ごめんね。で、園美」
「何ぃ……?」
「並んでるうちに何食べるか決めときなよ。早く買わないと後ろがつっかえるから」
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