特設読み切りズ

□頭ではなく、心に残る記憶
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「えっちな本がないよ?」
ブーっと、京太が吹き出す。
「ねっ、姉さん!」
「え?」
「そんなの持ってこないよ!まず、家にだってないし!」
「そうなの?男の子は皆持ってるんだと思ってたけどなあ。翔太はどう?」
「ん?」
舞人と一緒にバラバラになっていた組み立て式の本棚を組み立てながら翔太は郁美の方を見て、また本棚に目を戻す。
「俺は持ってないな」
「えー」
「ほらね、男の子が皆持ってるわけじゃないんだよ」
「俺は持ってるぜ!」
「あはは、舞人には訊いてないよ」
訊かなくても判るから、という言葉は言わずして誰もが理解していた。
「よし。キョースケ、本棚はどこだ?」
「うん、そっちの壁際に置いて」
「判った」
作業は郁美が加わったこともあり、非常に順調だった。
「腹減ったなぁ」
舞人の言葉を聞いて京太が携帯を見ると、もう正午をまわっていた。そして、その横で郁美の表情が一気に明るく変わる。
「じゃあ―――」
「そろそろ、届く頃だと思うよ」
「え?」
京太の予想外の言葉に驚く郁美。
「届くって?」
「ああ、うん。姉さんが来る前にピザの出前頼んでおいたんだ。昼頃に届けてくれって」
「ふぅん、そうなんだ……」
「何だ郁美、どうかしたか?」
「え、ううん。何でもないよ。あはは」
「?」
舞人と翔太が顔を見合わせて疑問符を飛ばし合う。



翔太が大食い、舞人が超大食いなもんだから、ちょっと頼みすぎたかと思ったピザはすぐになくなる。とはいえ、やっぱり二人とも満腹のようでお腹をぽんぽん叩きながら「ふい〜」とか言って爪楊枝で歯の掃除をしたりしてた。
おっさんだなぁ。
「ちょっと休憩したら、また頼むね」
「おう、任せろ」
「いい腹ごなしになりそうだ」
「…………」
横を見ると、いつもはうるさいくらいの姉さんが何だか上の空。どうしたんだろう?具合悪いのかな?
「姉さん、どうかした?」
「へ?」
ピザの最後の一口を食べ終えて、姉さんは取り繕うように笑った。
「何が?」
「いや、何だか大人しいからさ」
っと、失言だったかな。
「それって普段私がうるさいってことカナ?」
うぁ、やっぱり。
「そうじゃなくて、」
そうだけどね。
「明るくて元気な姉さんが静かにご飯を食べるなんて珍しいから」
これはギリギリセーフ……のはず。
「ふふ、何でもないよ」
僕が必死に考えて言葉を選んだのが伝わったんだろう。姉さんはイタズラっぽく微笑んだ。
「さぁ、再開するわよ舞人、翔太!」
「うぃ〜」
「ああ」
ピザの箱を捨てて、荷物の整理を再び始める。
やっぱり四人だと速い。体力無尽蔵の舞人と翔太が頑張ってくれたし、細かい作業が得意な姉さんと僕もさくさく進んだ。
夕方には完全に整理は終わって、引っ越しは完了したんだ。
「ホントありがとう、皆。とっても助かったよ」
「おう、おやすい御用だ!」
「ああ。また何かあれば連絡をくれればいつでも来てやる」
「うん」
「じゃ、帰るか」
「そうだな。郁美、行くぞ」
「へ?」
窓からボーッと外を見ていた姉さんが、間の抜けた声で返事をした。
「帰るぞ」
「ああ、うん……私、まだここにいるよ。先に帰ってて」
「?」
何で?……まぁ、僕に色々と言うことがあるんだろう。昔から姉さんは心配性だったし、僕がこれから一人暮らしをするにあたって長々と何か言ってくるに違いない。
「まぁ、判ったが……あまり遅くならないようにな。終電を逃すと厄介だぞ」
「あはは、舞人じゃないんだから」
「何だとぉ!?」
「ま、まぁまぁ舞人。もしそうなったら、姉さんは今日ここに泊まるといいよ」
そんなこんなで舞人と翔太は帰っていった。部屋には僕と姉さんだけが残される。
まさか終電がなくなるくらい遅くまで残るとは思わないけど、晩ご飯くらいは一緒に食べることになるかも知れない。
「京太」
「何?」
「病気に気をつけてね」
「うん」
「怪我しないようにね」
「うん」
「学校サボらないようにね」
「うん」
何かいつもの姉さんと違う。しばらくのお別れが寂しい、とかじゃなくて、もう二度と会えなくなるような、そんな感じの口調。
「また私がこっちに来た時、この町を案内してね」
「うん。……どうしたの?姉さん、ホントに今日様子おかしいよ」
「あはは、何でもないよ。ただ、京太がいないと家が寂しくなるなぁって」
本当にそれだけだろうか?僕にはそうは思えない。
「何かさ、京太が家にいないのって修学旅行の時ぐらいしかなかったじゃない?ゲームとかも一人じゃあんまり盛り上がらないし、あれがずっと続くのかーと思うとね」
「たまには帰るよ」
「うん、そうして。4WDも寂しがるよ」
4WDっていうのは、うちの犬だ。柴犬。四足歩行だから、4WD。まさか犬にそんな名前つけるなんて、父さんもどうかしてる。
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